狂乱のコルビナ産卵〜日経サイエンス2018年5月号より
この魚は海で最も大きな音を出す
コルビナという魚の繁殖行動はとても騒がしい。この魚は毎年,メキシコ沿岸に集まって産卵する。コオロギやセミ,カエルと同様,コルビナのオスもメスを惹きつけるシグナルとされる求愛の歌を途方もない音量で奏でる。こうして水中に生じる騒音が,これまでに録音された魚による音のなかで最大で,クジラの歌にも匹敵することがわかった。海中で自然に生じている音として最大級だ。昨年12月のBiology Letters誌に報告された。
「最初は,装置が壊れたのかと思った」と,この論文を共著したテキサス大学オースティン校の漁業生態学者エリスマン(Brad E. Erisman)はいう。「魚がこんなに大きな音を出すなんて誰も考えていなかった」。
エリスマンらはコルテス海(カリフォルニア湾)に注ぐコロラド川デルタを訪ねた。コルビナが産卵にやってくる唯一の場所だ。潮汐の干満差が8mもあり,それが受精卵を海に流し出してくれるからだろうと考えられている。研究チームはコルビナが発する音を音響測深器(ソナー装置)と水中マイクで測定した。その結果,産卵期ピークのある1日に,コロラド川の長さ27kmの部分に150万匹のコルビナが集まっていると推定された。集団の総個体数はもっと多いとみられるという。
177デシベルの大音響
音を出す魚は1000種以上あるが,コルビナは別格であることがわかった。1匹のコルビナが発する求愛音は177デシベルで,ロックコンサートのステージ際よりもうるさい。あまりにも大きな音なので,その場に居合わせた他の海生動物の聴覚にダメージを与えかねない。「この論文はしっかりしており,発見は説得力がある」と,英エクセター大学の魚類生態学者シンプソン(Stephen Simpson)は評する。
コルビナは毎年1つの河口域に集まって産卵するので,非常に乱獲されやすい。「皆が集まって産卵するという驚くべき行動のせいで,多くの魚が乱獲され危機にさらされている」とエリスマンはいう。刺し網やトロール網が使われる現在,集団産卵という進化上の利点が逆に存続の危機を招く可能性がある。■