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太陽の運行を刻む現代芸術施設〜日経サイエンス2017年8月号より

現代美術作家の杉本博司氏による施設が相模湾を一望する地に今秋完成する

 

人類の文明の曙において太陽の運行は文化芸術と強く結び付き,生活の区切りとして重要な意味を持っていたと考えられる。英国のストーンヘンジなどの古代遺跡には夏至や冬至の日の出の方向などが,巨石の配置や墳丘の通路の向きなどに刻み込まれている。現代芸術作家の杉本博司氏は5月26日,国立天文台で会見,アートの出発点に立ち戻って人類の将来を考えることを意図して,太陽の運行を刻み込んだ施設「江之浦測候所」を作ると発表した。今年10月,相模湾を一望する神奈川県小田原市江之浦に開館する。

 

 

杉本氏はニューヨークを拠点に活動。最初は写真家として注目され,現在は彫刻や演劇,建築,造園,空間全体を作品として体験するインスタレーションなど幅広い領域で活躍している。

 

芸術施設らしからぬ名称は「地球と太陽の位置を観測し測候する目的」(杉本氏)であることを強く意図してのこと。「新たなる命が再生される冬至,重要な折り返し点の夏至,通過点である春分と秋分。天空を測候することにもう一度立ち戻ってみる,そこにこそかすかな未来へと通じる糸口が開いているように思う」と氏は述べている。

 

建設地は箱根外輪山を背に相模湾を望む傾斜地で,周囲にはミカン畑が広がる。杉本氏の小文『小田原考』によると,この地を選んだのは,子どもの頃,東海道線の江之浦付近を走る湘南電車の車窓から眺めた海景が「私の人としての最初の記憶だったからだ」という。「熱海から小田原へ向かう列車が眼鏡トンネルを抜けると,目のさめるような鋭利な水平線をもって,大海原が広がっていた」(『小田原考』より)。

 

冬至の朝日がトンネルを貫く

構想から10年をかけた施設は杉本氏が創設した小田原文化財団が建設,運営する。長大なギャラリー棟や2つの野外舞台,茶室,トンネルなどからなり,開発面積は約1万m2,敷地面積は約3万8000m2になる。

 

冬至の日の出の方向を刻み込んだのが「冬至光遙拝隧道(ずいどう)」という全長70mのトンネル。冬至の朝には,相模湾から昇る陽光がトンネルを直進し,奥に置かれた巨石を照らす。トンネルに沿う形でガラス製の「光学硝子舞台」もある。

 

杉本氏の念頭にあるのはアイルランドの古代遺跡ニューグレンジ。約5200年前に作られ,エジプトのギザの大ピラミッドやストーンヘンジより古い。直径約80m,高さ約13mの円形墳丘で,内部に通じる約20mのトンネルは冬至の日の出の方向に向いている。(続く)

 
 
 
 
 

続きは現在発売中の2017年8月号誌面でどうぞ。
IMAGE:小田原財団/Odawara Art Foundation
 

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