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清潔すぎる実験用マウス〜日経サイエンス2016年9月号より

免疫系が未熟でモデルとしてお粗末。“汚い”ネズミと一緒にすると改善

 

科学者はふつう実験用マウスをネット注文で購入しているが,免疫学者のマソプスト(David Masopust)はわざわざ手のかかる方法をとった。以前にエモリー大学で研究していたころ,車で数時間かかる家畜小屋まで行って自分でマウスを捕まえた。市販の実験用マウスはいくつかの重要な免疫細胞を欠いているように思えたからだ。非常に清潔な環境で育てられているので,免疫系が未熟なのだろうと考えた。

 

その後マソプスト(現在はミネソタ大学教授)はこの仮説の検証に正式に取り組み,それが正しいことを10年越しで明らかにした。科学界や医薬品業界が人間用の疾病治療薬やワクチンを試すのに使っている実験用マウスは,いくつかの点で成人の免疫系モデルとしてはお粗末なのだ。この結果は先ごろNature誌に報告された。

 

メモリーCD8+T細胞なし

それによると,無菌施設で育てられたマウスの免疫系は,存在する免疫細胞の種類とそれらの細胞内で活性化している遺伝子から判断して,成人よりも乳幼児の免疫系に近いという。例えば感染に対する緊急応答を担うメモリーCD8+T細胞は,家畜小屋やペットショップのマウスには明らかに存在するのに,成体の実験用マウスでは実質的に検出不能だ。

 

実験用マウスがほかと違うことを「みな知ってはいたが,ついに証明されたのは喜ばしい」と,スタンフォード大学の計算システム免疫学者カトリ(Purvesh Khatri)はいう。

 

さらに,マソプストらが“清潔”な実験用マウスを“不潔”なペットショップのマウス(雑菌を持っている)と一緒に飼育したところ,2〜3カ月で実験用マウスの約1/5が感染症で死んだ。だが生き残ったマウスの免疫は以前よりも強くなり,免疫細胞の遺伝子活性も成人に似たものに変化した。その後の追跡実験で,これらのマウスはワクチン接種を受けたマウスと同様に細菌感染を撃退した。

 

これらの結果は,実験用マウスを野生マウスやペットショップのマウスと一緒に飼育すれば,ヒト成人の病状進行と治療への反応についてより現実に近い結果がわかる可能性を示唆している。加えて,実験用マウスが重要な免疫特性のモデルになっていないことを示しており,動物実験で成功した治療薬が人間の臨床試験で往々にして失敗するのはなぜかに部分的な説明がつきそうだ。「現実世界で重要な意味を持つ要因が,管理環境下の実験では抜け落ちている」とカトリは説明する。■

 

 

 
再録:別冊日経サイエンス234「最新免疫学 がん治療から神経免疫学まで」

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