ゲノム編集で病気に強いブタ〜日経サイエンス2016年5月号より
あるウイルス感染を完全に回避できた
養豚家が最も恐れるブタの病気に「豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)」というウイルス感染症がある。1980年代に出現したPRRSウイルスはいまや世界中のブタに広がり,病気や死亡,流産を引き起こしている。実際,経済損失が最も大きなブタの病気に指定されており,ブタの死と治療によって北米の養豚家が被る損失は年間6億ドルに上る。
ワクチン接種で感染拡大を抑える試みはほとんど成功していないが,ミズーリ大学の生物学者たちの新たな取り組みが状況を変えるかもしれない。この研究チームはCRISPR/Cas9遺伝子編集法を用いてPRRSウイルスに感染しないブタを生み出した。この画期的な遺伝子編集技術を農業分野に応用した先駆けのひとつといえる。
ウイルス受容体をなくした子ブタ
CRISPR/Cas9はピンポイントでDNAを改変できる遺伝子操作技術だ。従来技術よりもはるかに短時間で遺伝子機能を変えられるので,研究界に大ブームを巻き起こしてきた。ミズーリ大学のプレイザー(Randall Prather)とホイットワース(Kristen Whitworth),ウェルズ(Kevin Wells)はPRRS対策にこの技術を使い,ウイルスが細胞への侵入口にしている細胞表面のタンパク質をなくした子ブタを3匹作った。これら遺伝子編集された子ブタを通常の子ブタ7匹とともに同じ囲いに入れ,すべてのブタにPRRSウイルスを接種した。
約5日後,通常のブタは熱を出して発病したが,遺伝子編集されたブタは発症しなかった。狭い囲いで病気のブタと一緒だったにもかかわらず,遺伝子編集ブタは35日間の試験期間を通じて極めて良好な健康状態を保った。血液検査の結果,遺伝子編集ブタにはウイルスに対する抗体ができておらず,感染を完全に回避したことが裏づけられた。(続く)
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