SCOPE & ADVANCE

イルカを悩ます騒音公害〜日経サイエンス2015年10月号より

大声を出すのに余計なエネルギーが必要に

 

  キューキュー,キキィ,キューーーッ! ハンドウイルカが近くの仲間に呼びかけるが,その鳴き声が届かない。水中で音をたてる船が多すぎるからだ。人間が生み出した騒音に打ち勝つため,クジラやイルカは大声を出さざるをえない。周波数や振幅,時間的長さを変えるか,同じ鳴き声を何度も繰り返す。だがあいにく,この音響的変化はイルカの健康状態にも影響する。

 

米海洋大気局(NOAA)にいる生物学者のホルト(Marla M. Holt)らはカリフォルニア大学サンタクルーズ校ロング海洋研究所の2頭のハンドウイルカを調べ,その関係を解明した。2頭は指示に従って2種類の声を発するように訓練されていた。静かな低振幅の声と,それより10デシベル大きな高振幅の声だ。2種類の声を発しているときのイルカの酸素取り込み量を計測した結果,声が大きくなるほど必要な酸素量が増すことがわかった。

 

次に,この酸素取り込み量の計測値と野生のイルカのデータを組み合わせ,大声で鳴く際に消費されるエネルギーを補うために追加のカロリー摂取がどれほど必要になるかを計算した。それによると,船の騒音に打ち勝つ大声を出すには2分ごとに2kcal分の魚を余分に食べる必要がある。

 

この代謝コストは小さいものの,時とともに積み上がっていく。「生き延びて繁殖するには十分なカロリーを摂取して日々の活動を維持しなければならない」とホルトはいう。コミュニケーションと狩り,繁殖を音に頼っているイルカが餌の限られたやかましい環境に置かれると,不足分のカロリーを補うのは不可能かもしれない。特に若いイルカや授乳中の母イルカは必要な栄養を得るためすでに盛んな摂食活動をしているはずで,リスクは深刻だ。この結果は今春のJournal of Experimental Biology誌に掲載された。(続く)

 

続きは現在発売中の10月号誌面でどうぞ。

 

サイト内の関連記事を読む