宿主を広げたウイルス〜日経サイエンス2011年10月号より
チクングンヤ熱というアフリカの風土病がアジアに広まった理由
チクングンヤという恐ろしげなウイルスは,まさに恐ろしい症状をもたらす。ひどい関節痛のため,立ち上がることも,まっすぐ座ることもできなくなる。蚊が媒介するこのウイルスは数千年前にアフリカ南東部に出現し,ゆっくりと,しかし確実に広がってきた。50年ほど前,このウイルスの弱毒株がアジアに広がった。その後,2004年にケニアで干ばつが起きた後にアフリカでチクングンヤ熱の患者数が急増し,インド洋を越えて東に広がり,アジア全域で数十万人の重症患者が出た。
この新しいチクングンヤウイルスは,アジアに以前から広がっていた弱毒株と入れ替わりつつあるようだ。だがどのように? 米国科学アカデミー紀要に掲載された研究によると,このウイルスは移動中に遺伝子変異を1つ獲得し,アジアの蚊によって非常に効率よく広まるようになったようだ。
ヒトスジシマカに乗り換え
テキサス大学医学部ガルベストン校の感染症専門家ウィーバー(Scott Weaver)らは,先の大流行前のアフリカとアジアのウイルス株と,大流行発生後の新しいウイルス株を比較し,2つの突然変異によって後者がアジアのヒトスジシマカ(Aedes albopictus)によって媒介されるようになったことを発見した。ヒトスジシマカはアジアのどこにでもいる蚊で,チクングンヤウイルスの元々の宿主であるネッタイシマカ(Aedes aegypti)よりもずっと数が多く,ウイルスを広める効果は100倍に達する。
アフリカの古いウイルス株には,この2つの変異のうち1つを持っていたものもあったが,アジアの古いウイルス株は2つとも持っていなかった。だから,50年前にアジアに渡ったウイルス株はヒトスジシマカに媒介されるようにはならなかったのだ。近年のアフリカでの大流行後,すでに1つの変異を持っていたウイルス株はもう1つだけ変異した結果,ヒトスジシマカで媒介されるようになり,しかも毒性が強まった。(続く)
続きは日経サイエンス2011年10月号で!