しっとり音楽的な言語〜日経サイエンス2015年6月号より
声調言語は湿潤な地域に多い
オペラ歌手と乾燥した空気は相性がよくない。実際,最高のプロ歌手は正しい音の高さを実現するために湿った環境を要する。マイアミ大学の言語人類学者エバレット(Caleb Everett)は「声帯が乾き切っていると弾性が少し低下する」という。その結果,歌声の音高にジッターと呼ばれるわずかな変動が生じるほか,音量が揺れ動く。いずれも耳障りに聞こえる。
空気の湿度が音楽的なピッチに影響するのなら,乾燥地帯では「声調言語」があまり発達しないのではないか,とエバレットは考えた。標準中国語やチェロキー語などの声調言語は音高の変化で異なる意味を表す。同じ音節でも,高いピッチで発話された場合と,低いピッチあるいは上がり調子または下がり調子で話された場合では,別の単語を示す。
エバレットらは3700を超える言語を調べ,乾燥地域のほうが湿潤な地域よりも声調言語が確かに少ないことを発見した。関連言語が地域的に集中することを補正しても,この傾向が見られた。例えばサハラ砂漠以南の熱帯地域で話されている数百の言語の半数以上が複雑な調子を特徴としているのに対し,サハラ砂漠地域の20ほどの言語にはそうしたものが1つもない。全体的に,乾燥地帯で話されている複雑な声調言語は声調言語全体の1/30にすぎないのに対し,音高によらない言語の1/3は乾燥地域で生まれたものだった。2月に米国科学アカデミー紀要に発表。
仮説を検証する実験
これまで言語学では言語の構造は環境に依存しないと考えられてきたので,今回の結論はこれとぶつかると,英エディンバラ大学の言語学研究者ラッド(Robert Ladd)はいう。マイアミ大学チームの発見を確証するには,声調言語が音高の正確な制御を必要とすることを実地に証明する必要があるだろう。
その線に沿って,エバレットのチームは今後,人々が乾燥した空気中で複雑なトーンをどれだけうまく発声するかを実験で測定する計画だ。声調言語が何百年もかけて進化する様子は観察できなくても,管理条件下での生理学的効果を目撃することで仮説を証明できるかもしれない。■
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