2014年10月9日
2014年ノーベル化学賞:細胞内の生命現象を見る超高解像度の蛍光顕微鏡の開発で3氏に
細胞内にある小器官の詳しい構造やタンパク質の移動を見ることは,生物研究者の長年の願いだった。今年のノーベル化学賞は,それを可能にする超高解像度の顕微鏡を開発した米ハワード・ヒューズ医学研究所のベッツィヒ(Eric Betzig)博士,独マックスプランク研究所のヘル(Stefan W. Hell)博士,米スタンフォード大学のモーナー(William E. Moerner)博士に授与されることが決まった。
物理法則により,極めて近接した2点から発した光は重なり合って識別できない。識別可能な最小距離(回折限界と呼ぶ)は可視光の場合約200nmで,これ以上細かい部分はひとかたまりになってしまう。細胞内の小器官やタンパク質複合体は数10nm〜数100nmで,従来の光学顕微鏡は,これらを詳しく見るには不十分だった。3氏はこの200nmのカベを越える顕微鏡につながる成果を上げた。
目的のタンパク質に蛍光物質を結合させ,これが出す光を観察するものを蛍光顕微鏡という。ヘル博士は観測するスポットを取り囲む領域に別の光(STED光と呼ぶ)を当てることで蛍光を止め,観測スポットから出てくる蛍光だけを捉える新たな蛍光顕微鏡を発明した。
色素分子に光(励起光)を当てると,いったんエネルギー状態の高い励起状態になり,自然に低い基底状態へと落ちて蛍光を発する。だが励起状態でSTED光を当てると「誘導放出」と呼ばれる現象が起き,色素は蛍光を出さず,強制的に基底状態に落ちていく(このとき光が出るが,蛍光とはタイプの違う光で容易に区別できる)。観測スポットのサイズは,STED光を強くしていけば,原理的にはどこまでも小さくできる。実際には強度の制約から数10nm程度だ。
2つの光を試料の上で走らせ,各点での蛍光を検出して画像化する(下の図)。ヘル博士はこのSTED顕微鏡を実際に作り,2000年,従来を超える高解像度で大腸菌を撮影して注目を集めた。

STED顕微鏡は,色素分子集団の蛍光から見たい部分だけを切り出す手法だ。これに対して,色素分子1個からの蛍光をとらえることで高解像度を実現したのがベッツィヒ博士で,その基本技術を実証したのがモーナー博士だ。
モーナー博士は1989年,1分子の光吸収を測定し,単一分子分光の先鞭をつけた。8年後の1997年,今度は紫外光によって蛍光をオンオフできる色素分子を発見。この色素分子をゲルに分散し,個々の分子の蛍光を紫外線によってスイッチして通常の光学顕微鏡で観察した。
ベッツィヒ博士は2005年,オンオフ可能な色素分子の存在を知り,これを使えば,かつて考えた新しい蛍光顕微鏡を実現できると考えた。
まず観察する対象の全体に弱い紫外光を当てる。弱いので全体がオンにはならず,一部の色素分子だけが確率的にパラパラとオンになる。これに励起光を当てて蛍光を測定し,個々の色素分子の位置を確定する。オンになった色素同士は十分離れているので隣と重ならず,精密に位置を確定できる。
いったん蛍光を消し,再び全体に弱い紫外光を当てる。すると,先ほどとは違う色素分子がオンになる。これをくり返して大量の画像を撮り,すべて重ね合わせると,色素分子の点で描いた画像が得られる(下の図)。ベッツィヒ博士は2006年,こうして撮影した画像を発表した。この方法は「光活性化局在性顕微鏡法」(PALM)と呼ばれている。

STEDもPALMも,現在では装置が市販されている。対象を複数の色素で染め分けてカラー化したり,動画を撮ることも可能になっている。理化学研究所生命システム研究センターの岡田康志チームリーダーは「本格的に研究現場に入ってくるのはこれから。これまで見えなかったものを見ることができ,新たなバイオロジーの展開が期待できる」と話している。 (古田彩)
image: ノーベル財団のプレスリリースを一部改変