きょうの日経サイエンス

2014年10月7日

2014年ノーベル生理学・医学賞:空間を把握する脳のメカニズムを解明した3氏に

私たちが行動しようと思ったら,自分がどこにいるかを把握している必要がある。その情報を,脳はどのように得ているのだろう? 脳活動というのはつまるところ,脳神経細胞の集団的な発火だ。その信号から「空間内での自分の位置」という情報を得るのに,脳はどんな仕組みを備えているのか。

 

今年のノーベル生理学・医学賞は,そうした動物の空間把握のメカニズム研究の先駆けとなった英ロンドン大学ユニバーシティーカレッジのオキーフ(John M. O’Keefe)博士と,近年,この研究を一気に発展させて注目を集めたノルウェー科学技術大学のモーザー博士夫妻(May-Britt Moser,Edvard I. Moser)に授与されることが決まった。
 
 

オキーフ博士は1971年,ラットが部屋の中を歩き回っているとき,「右の隅」「左寄りの中央」など,ある特定の場所に来た時に発火する細胞を,海馬の中から発見した(右図)。ラットが移動するにつれて,異なる細胞が順々に発火し,しかも発火したことを記憶する。この細胞は「場所細胞」と名付けられた。

 

「当時はそんな細胞があるとは誰も思っていなかった。論文は著名な雑誌からは掲載を断られ,さほど有名とは言えない雑誌に載った」と井ノ口馨富山大学教授は話す。「真に画期的な研究にはよくあることだ」。

 

ラットを別の部屋に入れると,各場所細胞は,前の部屋での場所とは違う場所で発火する。どの場所細胞がどのようなタイミングで発火していくかは環境によって変わり,それによってラットは自分がどの環境にいるかを認識しているという。
 

 

オキーフ博士の発見は動物の空間把握を解明する端緒になったが,どうして場所細胞が特定の場所で発火するのか,その元になる仕組みはわかっていなかった。これを明らかにしたのが,モーザー博士夫妻だ。

 

モーザー博士夫妻は,海馬に情報を送る「嗅内皮質」と呼ばれる部位に着目。2005年に,ラットがどこか特定の1カ所ではなく,3角形の頂点を結ぶ格子点のどこかに来た時に発火する細胞を見いだした。これを「グリッド細胞」と呼ぶ(左図)。

 

 

ラットが歩いて格子点に達すると,グリッド細胞が発火する。嗅内皮質には異なる格子周期に反応する異なるグリッド細胞が存在し,例えて言えば,それぞれ30cmごと,50cmごと,70cmごとに発火する。それらのグリッド細胞の信号を重ね合わせ,さらに視覚や運動から得られる情報を統合して,現在地を特定する。この情報が海馬に送られて,場所細胞の発火につながるとみられている(下図)こうした空間把握の仕組みは,人間でも同じように働いているとの見方が強い。

 

「発見が記憶の研究に与えたインパクトは大きい。空間の記憶と時間や体験などの記憶がどう統合されていくかを解明するのが,今後の課題になるでしょう」とモーザー研究室のリサーチアソシエイト,五十嵐啓博士は話している。(古田彩)

 

 

10/7訂正:「内嗅皮質」は「嗅内皮質」の誤りでした。訂正しました。
 
image:ノーベル財団プレスリリースより
 
詳報は10月25日発売日経サイエンス2014年12月号にて

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