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ハエたたきで脳研究〜日経サイエンス2014年4月号より

脳損傷の解明に小さなハエが役立つ

 

201404_031キイロショウジョウバエ/wikipedia 

 40年前,遺伝学者のガネツキー(Barry Ganetzky)は実験用のショウジョウバエが入った小瓶をたまたま強く手にぶつけて,ハエたちを気絶させたことがある。「ハエはみな小瓶の底に落ち,歩き回るものは1匹もなく,ただ転がっていた」と振り返る。

 

 当時はそれ以上何も考えなかったガネツキーだが,頭部損傷がプロスポーツ選手に重い症状を引き起こす例が問題化するに及んで,脳震盪(しんとう)を起こしたショウジョウバエが科学的に役立つかもしれないと気づいた。ガネツキーらウィスコンシン大学マディソン校の研究チームは,人間の外傷性脳損傷(TBI)の背後にある細胞レベルのメカニズムの解明にショウジョウバエを利用する方法を探っている。

 

未解明の神経機構

 何十年も研究されているにもかかわらず,外傷性脳損傷に関する理解は乏しい。わかっているのは,損傷は自動車の衝突やフットボールでの激しい衝突など,急激な加速や減速によって,脳が頭蓋骨の内壁にぶつかることによって生じるということだ。その衝撃で細胞レベルでの一連の反応が起こって脳やニューロンがさらに傷つき,長期の認知機能障害につながるらしい。

 

 ショウジョウバエを利用すれば,外傷性脳損傷について従来よりも大規模で確実な研究が可能になるかもしれない。ショウジョウバエは維持費が安いうえ,寿命が短いので健康への影響を一生にわたって追跡できる。この昆虫はすでにアルツハイマー病やパーキンソン病の研究に使われている。「ハエの頭のなかにあるニューロンは,人間の頭のなかにあるニューロンと基本的には同じだ」とガネツキーはいう。ハエの脳は砂粒ほどの大きさだが,人間の脳と同様に外骨格の硬い殻に収まっており,クッションとなる液体の層もあって,衝撃を受けるとこの液体中で脳が動く。

 

人間の脳損傷の良好なモデルに

 ガネツキーらは小瓶にショウジョウバエを入れ,パッドを当てた平面に小瓶をたたきつけた。こうして脳震盪を起こしたハエを解剖した結果,脳損傷が確認され,意識と協調の喪失や死亡リスクの上昇など,人間の外傷性脳損傷と同じ症状が数多く生じていることが示された。去る10月の米国科学アカデミー紀要に報告。人間と同様に,外傷性脳損傷の悪影響は受けた衝撃の強さのほか,その個体の年齢や遺伝的要因によるようだった。(続く)

 

続きは現在発売中の4月号誌面でどうぞ。

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