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北の果てを目指す新競争~日経サイエンス2014年1月号より

「到達至難極」の位置が違っていたことが判明

 

 地球上のあらゆる場所のなかで最も行きにくい場所は,その名の通り北の「到達至難極」だろう。北極海上で陸地から最も離れた地点のことだ。そこからどの方向にでも一歩踏み出せば,比較的安全な陸地に一歩近づくことになる。

 

 この地点はかねて探検家にとって魅力的な目標になってきた。1968年,いまは亡き英国人冒険家ハーバート(Wally Herbert)が犬ぞりに乗って地理上の北極点へ向かう途中で,到達至難極に到達したとされてきた。

 

214kmのズレ

 最近,古い文献では到達至難極の位置がまちまちであることに極地探検家のマクニール(Jim McNeill)が気づき,独自の探検旅行を計画した。彼は到達至難極の位置を自分たちで決定しようと取り組んでいる極地研究者のグループを探し出した。同グループは米航空宇宙局(NASA)が撮影した北極の衛星画像を利用し,それまで長らく到達至難極とされてきた点が実際には214kmずれていることを発見した。コロラド州ボールダーにある米国立雪氷データセンターのスカンボス(Ted Scambos)ら同チームは去る8月,この発見をPolar Record 誌オンライン版に発表した。

 同チームは北の到達至難極を「北極海のなかにすっぽり収まる最大の円の中心」と定義した。この円は3カ所で海岸に接し,それらは新しく決まった到達至難極から1008 km離れている。3地点はたまたま離島の海岸線に位置している。カナダのエルズミーア島,ロシアのコムソモレツ島とゲンリエッタ島だ。「極点近くで迷って何とか最寄りの陸地にたどり着いても,それで安心とはいきそうにない」とスカンボスはいう。「そのあたりはどこも危険だ」。

 

英雄時代よりも困難な挑戦

 到達至難極の位置が違っていた原因はそもそも何だったのか。スカンボスらは文献のなかに答えを見つけることはできなかった。最も考えられるのは,現在は地図にしっかり記載されている北極圏の島々の一部が,当時は不明であったか地図では略されていた可能性だ。「だが少なくとも現在では極点がはっきりした」とスカンボスはいう。

 

 この変化に照らして,ハーバートが北の到達至難極に達したという主張はいまや無効だと思われる。「実際,北の到達至難極に立った人はまだいないようだ」とスカンボスはいう。「いたとしても,本人はそこが到達至難極だとは知らなかった」。ということで,北極で最も孤立した場所に一番乗りする競争が再び始まっている。

 

 気候変動の結果,徒歩で挑戦しようとする者は解けかけて不安定になった氷と格闘しなければならないだろう。「北極地域はかつての英雄的探検者の時代よりもはるかに危険だ」とスカンボスはいう。「もちろん,砕氷船で行くのはずっと楽になったといえるだろうが」。■

 

 

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