日経サイエンス  2013年11月号

特集:モノ作り革命

ナノマシンの台頭

M. C. ロコ(全米科学財団)

原子スケールの次世代装置の作製が進んでいる

 

 ここ数十年,工場でのモノ作りは長い組み立てラインを意味してきた。それが多数の作業者(人間であれロボットであれ)が自動車や飛行機などの大きなモノを作るやり方であり,医薬品やパソコン,スマートフォンなどの小さなモノにも命を吹き込んできた。

 ここで未来を思い描こう。デジタルプロセッサーやメモリー,エネルギー発生装置,人工の生体組織,医療用デバイスなどが肉眼では見えない小さなスケールと一連の新しいルールの下で組み立てられる未来だ。現在,ナノテクノロジーを含んでいるだけの製品ならいろいろあるが(紫外線をブロックする二酸化チタンのナノ粒子が入った日焼け止めクリームや,医療用画像の画質を高める粒子など),製品そのものがまるごとナノテクノロジーとなる時代へ向けて,ここ数年のうちに重要な転換が始まるだろう。

 そうした重要なナノテク製品の製造には,原子レベルでの物質の振る舞いをよりよく理解することと,組み立てのための新しい道具とプロセス技術が必要になる。

 1つのアプローチはボトムアップ式の自己組織化で,原子や微小モジュール(例えばカーボンナノチューブなど)といった小さな下位ユニットが集まって,より大きくて実体的な部品を形成する。DNA鎖など天然の分子や人工分子をプログラマブルな原材料として用いて,分子スケールの精密装置やモーターを作ることも可能だ。また,自己組織化とは別の高効率の方法に「ロール・ツー・ロール方式」がある。微小デバイスを高分子材料のシートに印刷して,それを再びロールに巻き取る。

 ナノマニュファクチャリングには超精密な工具も必要だ。それらは化学触媒であったり,生物学的あるいは光学的,機械的,もしくは電磁気的なものであったりするだろう。より遠い将来には,まったく新しい分子やいわゆる「メタマテリアル」が道具だてに加わる可能性が大きい。メタマテリアルとは,光を予想外の仕方で屈折するなど,自然法則に反するかのような特性を持つように設計された物質だ。

 以下に,視界に入り始めたエキサイティングなナノスケール技術をいくつか概観する。

 

サイボーグ生体組織

 細胞レベルにナノスケールの電子回路が散りばめられた人工の生体組織が人体のなかで“サイボーグ的”な役割を演じる日が,いずれ来るかもしれない。既存の臓器に電子機器を埋め込むのではなく,微小なセンサーを多数含んだ“骨組み”から人工組織を育てられるだろう。こうしたナノ電子骨組みは,健康上の様々な問題を検知して報告する人工組織の基礎となる。神経系の一部をコンピューターや機械,別の生体組織に接続することもできるだろう。ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の科学者たちは,個々の細胞と情報を交換できる非常に細いしなやかなナノワイヤによって骨組みを作った。組織と電子回路を融合させ,どこまでが組織でどこからが電子回路なのか判別しにくいレベルにするのが目標だという。

 

極小メモリー

 より高密度・高効率で低価格のメモリーを備えた小型・高性能の電子機器──ナノ製造法はそれを実現する大きな潜在力を持っている。過去数十年にわたってICの製造に使われてきた相補型金属酸化膜半導体(CMOS)技術では,いずれ半導体チップをそれ以上小型化できず,回路の冷却も追いつかなくなるだろう。これを回避する方法の1つは,記憶素子と論理素子の両方で情報の担い手として電子のスピンを利用することだ。IBMやインテルなどの企業は,いわゆる「スピントロニクス」に基づくメモリーや論理素子を開発中。信頼性の高い高速・低消費電力の素子になると期待されているものだ。別のアプローチとしては,ナノスケールの磁石を利用してデータを書き込み・記憶する方法などがある。コーネル大学のチームはナノ磁石の磁化の向きを高効率で切り替える方法を実証した。電源を切ってもデータを保持し続けられる磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)の小型化につながる。同チームはリソグラフィーによってタンタルの薄膜を加工したパターンに電流を流した。この電流は電子のスピンが大きく偏向したものとなり,隣接する磁石の磁化を反転できた。元に戻すには電流を逆向きに流せばよい。電流を流さなければ磁石はそのままなので,電源を切ってもデータは保たれる。瞬時にオン・オフできるスマートフォンや,待機時にも電池を食わずにすむノートパソコンなどが実現するだろう。

 

プラスチック筋肉

 人工筋肉は人間の瞬きや遊泳魚ロボット,海に浮かぶブイの波力発電などに利用されている。近いうちに,加熱・冷却に応じて膨張・収縮する“デンドロナイズ”されたナノスケールの糸状高分子が細胞膜や薬物送達システム,人工の心筋線維として使われるだろう。パーセク(Virgil Percec)が率いるペンシルベニア大学のチームはこれらの細いポリマーを使って自重の250倍にあたる10セント硬貨を吊り上げられる強さの糸ができることを実証ずみだ。この技術を実用化するうえでの課題は,組織(例えば心臓の組織)構造へと自己組織化して微小な人工筋肉のように振る舞う適切なポリマーを見つけることだ。

 

回折限界を破る光IC

 情報を光に乗せて処理する光ICは,小型化が進む電子機器をさらにスピードアップするはずだ。だがそれでも,基本的な壁がある。それ以上小型化できない限界が存在するのだ。光には「回折限界」があるため,波長の半分以下の小さな空間に閉じ込めることはできない。そして光の波長はナノ電子デバイス自体よりも少なくとも10倍から100倍は大きい。

 この限界を回避するため,「プラズモンレーザー」をデータ伝送に使う研究が進んでいる。このレーザー素子はナノスケールの半導体ワイヤと金属ワイヤを交叉させた網状の格子からなる。格子のマス目が光を閉じ込める四角いキャビティーとなる。これらのキャビティーのサイズは回折限界の1/100にでき,これは半導体チップ上のトランジスタ1個の大きさとほぼ同じだ。ナノワイヤが形作るキャビティーで小さなレーザーパルスを発振できれば,チップ上のトランジスタの間に収まる光システムを築く基礎となるだろう。この研究はカリフォルニア大学バークレー校のジャン(Xiang Zhang)らが主導している。

 

ウイルス発電機

 ナノスケールの発電装置を作るのにウイルスを利用できる可能性がある。遺伝子操作を加えたM13バクテリオファージというウイルスが特にこの目的に向いている。このウイルスは太さ約7nm,長さ900nmほどの棒状で,機械的なエネルギーを電気エネルギーに変換する(逆も可能)。カリフォルニア大学バークレー校の生物工学者リー(Seung-Wuk Lee)はこのウイルスを用いて,10cm角の液晶ディスプレーを駆動する電力を生み出す圧電生体材料を作った。ここでのナノ製造法は,自己増殖して進化し,原子レベルの精密さで自己組織化するウイルスのなかで生体材料が合成されるという,ユニークな自然の力に基づいている。いずれは,周囲の振動のエネルギー(例えば心拍など)を回収して微小なセンサーや医療用装置(体内埋め込み型を含む)に電力を供給できるようになるかもしれない。(編集部 訳)

 

 

再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

著者

Mihail C. Roco

全米科学財団(NSF)のナノテクノロジー上席顧問。

原題名

Rise of the Nano Machines(SCIENTIFIC AMERICAN May 2013)

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