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香りを感じるメカニズム〜日経サイエンス2013年6月号より

嗅覚は分子の振動を利用しているのかも

 

 嗅覚はどのように機能しているのか? いま科学者は,まさにこの問題をめぐって2つの陣営に分かれて論争している。そして最近,2つのうち異論の多いほうの説を支持する重要な実験結果が報告された。

 

 問題になっているのは,私たちの鼻がにおい物質の分子の振動を感じるのに繊細な量子メカニズムを用いているのかどうかだ。化学や法医学の研究室にある分光器はいつもそうしている。謎の物質に赤外光を当てて反射させ,光が分子に誘起した振動を明らかにする。嗅覚も,赤外線光子の代わりに電子の微弱な流れを使って,同じことをしている可能性がある。

 

 この説は嗅覚に関する主流の説には反している。現在優勢なのは,何百万種類もあるにおい物質はジグソーパズルのピースのようなものだとする見方だ。鼻にはそれぞれ特定タイプのピースと結合しやすい様々な受容体がある。例えばリモネンという分子が漂ってくると,この分子に対応する受容体がそれと結合して脳に信号を送り,柑橘類のにおいを知覚させる。

 

 だが,論争は簡単には決着しない。多くのにおい分子は水素原子を含んでおり,水素には3つの同位体がある。各同位体は化学的にはよく似ているが質量が異なり,分子の振動に強い影響を与える。このため,原子核が陽子と中性子各1個からできている重水素(原子核が陽子1個だけの通常の水素に比べ重さは2倍)を利用すれば,嗅覚に関する標準的な化学結合説と分子振動説のどちらが妥当かを区別できるだろう。

 

重水素の有無でにおいが変わる?

 1月にPLOS ONE誌に発表された研究によると,人間の鼻はいくつかのにおい物質に存在する重水素を嗅ぎ分けられる。具体的には,通常の麝香(じゃこう)分子と重水素を含むものでは,においが異なることがわかった。論文を共著したギリシャのアレクサンダー・フレミング生体医科学研究センターのテューリン(Luca Turin)は,この発見は振動説の勝利を意味するという。(続く)

 

続きは現在発売中の6月号誌面でどうぞ。

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