隅に置けない虫の耳〜日経サイエンス2013年4月号より
人間に似た構造の耳を持つキリギリス
まるで関連のない2種類の生物が同様の形質を進化させることを示す驚くべき例が見つかった。熱帯雨林に生息するあるキリギリスの耳が,ヒトなどの哺乳動物の耳に驚くほどよく似ていることが明らかになった。ただしキリギリスの耳は前足の折れ曲がったところにしまい込まれている。
南米コロンビアのゴルゴナ島にすむイエローオレンジフェイスキリギリス(Copiphora gorgonensis)の耳には,人間の鼓膜と蝸牛に似た構造がある。音波がキリギリスの足に近づくと,人間の鼓膜に似た薄膜が振動する。この膜は,空気の圧力波による大きな波動を「クチクラ板」という別の構造の小さいが強力な動きに変える。このクチクラ板は,人間の蝸牛を広げたような,液体に満たされた小室にさざ波を立てる。この小室のなかには感覚細胞がキーボードのように高音から低音まで並んでいて,人間の耳によく似ている。
C. gorgonensisのこの見事に進化した耳はコウモリなどの捕食者から逃れるのに役立っているのだろうと,Science誌に掲載された論文の主執筆者である英リンカーン大学の感覚生物学者モンテアレグレ-Z(Fernando Montealegre-Z)はいう。この研究には参加していないコーネル大学の神経生物学教授ホイ(Ronald R. Hoy)は「収斂進化の見事な実例だ」という。
この微小システムの効率のよさに着想を得て,キリギリスの耳のデザインに基づいた補聴器などのマイクロセンサーの開発が進みそうだ。そうしたセンサーは壊れにくく,小型で感度も高く,これまで考えられなかった応用が開ける可能性がある。■
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