SCOPE & ADVANCE

文化の隠れた影響力〜2008年1月号臨時増刊 こころのサイエンス03号より

私たちの脳が世の中を認識する仕方は,自分が生活している社会に影響を受ける

 

 文化は私たちの歌やダンス,書き記す言葉に影響を及ぼす。そして,私たちの脳も形作る。

 

 神経の可塑性のおかげで,個々の出来事によって脳の形態と機能が徐々に変わり,脳が作り上げられていく。これは以前から知られていたが,最近さらに,文化のような無形の生活経験によっても神経回路が再編成される可能性が示された。風景や色などの視覚刺激を脳が知覚する仕方に,文化が影響を及ぼす。

 

 イリノイ大学のダニーズ・C・パークら心理学者のチームは200人の被験者に風景写真を見せ,その間の脳の活動を機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で調べた。写真はジャングルに1頭のゾウがいるシーンや,都市の上空を飛行機が飛んでいるシーンなど,複数の要素からなる情景だ。米国とシンガポールの若者と高齢者に被験者になってもらったところ,米国人は年齢によらず,対象認知に関連する「外側後頭領域」の活動が誘発されたのに対し,高齢のシンガポール人では同領域が活性化されなかった。

 

 「アジア人の場合,まずジャングルを目にし,ゾウはたまたまそこにいただけのものなのだろう」とパークは説明する。「一方,欧米人はまずゾウが目に入り,その後でジャングルに気づくのかもしれない」。シンガポール人被験者の反応は若者と高齢者で異なり,一方の米国人は反応が高齢者も若者も一致していたことから,人々が育った文化が,見たものをどう解釈するかに何らかの役割を果たしていると研究チームは結論づけた。

 

 スタンフォード大学の認知科学者リーラ・ボロディツキー(Lera Boroditsky)は,言語は文化的慣行を伝えて維持するのに役立っており,同様に知覚にも影響を及ぼすという。ボロディツキーはロシア語を話す人と英語を話す人を比較した研究で,面白い発見をした。ロシア語では「明るい青」と「濃い青」を意味するそれぞれ別の単語があるのに対し,英語では「ライト・ブルー」「ダーク・ブルー」と表現するが,ロシア語を話す人は英語を話す人よりもこの青の色調を素早く識別できるという。この場合,言語が色合いの区別という知覚作業に影響したわけだ。

 

 周囲の世界をどう知覚するか,その道筋は無数にあるが,それぞれの文化が“ガイドブック”となって,自分の生活に最も重要な事柄に脳の注意を集中させているのだとボロディツキーはいう。