きょうの日経サイエンス

2012年10月11日

ノーベル化学賞 細胞センサーとなるタンパク質 機能と構造を解明

 

 2012年のノーベル化学賞は,米ハワード・ヒューズ医学研究所のレフコウィッツ(Robert J. Lefkowitz)博士とスタンフォード大学のコビルカ(Brian K. Kobilka)博士に授与されることになりました。

 

 受賞理由となったのは,細胞膜にある「Gタンパク質共役受容体(GPCR)」の研究です。長いリボン状のタンパク質が細胞の外から膜を突き抜けて細胞内に入り,また外に出て,再び入り──と,うねうね7回も膜を縫い止めているような特徴的な形をしていることから,「7回膜貫通型受容体」とも呼ばれます。両博士は,この受容体の構造と機能を明らかにしたことで,高く評価されました。

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 GPCRの役割を一言でいうと,「細胞のセンサー」です。細胞の外から何らかの物質──光,やホルモン,神経伝達物質,におい物質など──がやってきて,この受容体にくっつくと(光の場合は光が吸収されると),受容体の構造が変化して,細胞内の「Gタンパク質」を活性化するようになります。そこから先は,やってきたものや細胞の種類に応じて,様々なプロセスが動き出します。ですがGPCRはほとんど全ての細胞に存在しており,多くの細胞にとって外界センシングの第一歩は,共通してGPCRの構造変化なのです。

 

 ヒトのGPCRは800種以上あり,うち半分が嗅覚に関連する受容体です。あとの約400種類が,そのほかのさまざまな信号伝達を担っています。心拍や消化,呼吸, 脳の活動など,およそ身体のあらゆる機能にかかわっていると言ってよいでしょう。またGPCRは外界からの情報の取り込み口なので,医薬品にとっては狙いやすいターゲットです。 現在市販されている医薬品のうち実に1/3から半分ほどが,GPCRに作用する薬です。

 

 レフコウィッツ博士は1970年代から,アドレナリンを認識するGPCRであるβ2アドレナリン受容体の研究を始めました。この受容体タンパク質を精製し,Gタンパク質を活性化するという機能を明らかにしました。また博士の弟子だったコビルカ博士らとともにβ2アドレナリン受容体の遺伝子を突きとめ,そこからこの受容体が,7回も膜を貫通する構造であることを見いだしました。

 

 2007年,この分野の研究に転換点が訪れました。コビルカ博士がβ2アドレナリン受容体の結晶化に成功したのです。タンパク質を結晶化してその構造を見るのは,生化学研究ではごくスタンダードな手法ですが,細胞膜に埋め込まれた膜タンパク質を結晶化するのは,これまで極めて難しいと考えられてきました。膜タンパク質は細胞膜から取り出すと不安定になります。ですが膜から取り出さないと結晶化できないので、そこにジレンマがありました。コビルカ博士は目的のタンパクに遺伝子的操作を加え,より結晶化しやすいほかのタンパク質とのキメラにするなどの新たな手法を開発し,β2アドレナリン受容体の結晶化に成功しました。

 

 結晶化できれば構造を決めることが可能になり,外から来るものを認識して結合する部位の形状を詳細に調べることができます。その形状に合う化学物質を作ることで,GPCRを活性化したり,あるいは逆にその働きを抑えたりする薬を効率よく開発できます。またGPCRの構造変化も詳しく見ることが可能になり,信号伝達の仕組みとの関連を研究することも可能になりました。GPCRの構造解明手法がもたらした創薬へのインパクトは,極めて大きいといえるでしょう。コビルカ博士が見いだした結晶化の手法はすぐにほかのGPCRにも応用され,以後,約10種類近い GPCRが続々と結晶化されています。

 

 今回のノーベル賞はいずれも,評価が確立し歴史に名を残した研究というより、まさに進行中のホットな研究に授与されました。しかも全員が現役の研究者です。今後の展開がどうなるか、目が離せません。(古田彩)

 

 

 

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