どこから来るのかマインドポップ〜日経サイエンス2012年10月号より
何かが不意に意識に浮かぶ奇妙な現象
日々の生活で,「車の鍵をどこに置いたっけ?」とか「コンロの火をちゃんと消したかしら?」などと,特定の情報を思い出そうとすることはしょっちゅうある。あるいは,「先週に夜通し遊んだときのこと覚えてる?」と過去について進んで思い出そうとすることもある。
だが,思い出すという行為がすべて意識的だとは限らない。無意識に思い出してしまうこともある。おそらく最も有名な例はフランスの小説家プルースト(Marcel Proust)の小説『失われた時を求めて』の一場面だろう。語り手が紅茶を飲んでマドレーヌを食べたとき,その味から,幼い日におばの家で同じお菓子を食べたことを思い出す。
最近,「マインドポップ」という記憶が研究されるようになった。言葉やイメージ,メロディーなどの断片が不意に意識に浮かぶ現象だ。マインドポップはカリフォルニア大学サンディエゴ校の名誉教授マンドラー(George Mandler)による造語で,プルーストの例とは異なり,その時に考えていることとはまるで無関係な事柄が突如として思い浮かぶ。イメージや音よりも言葉である場合が多く,通常は注意力をあまり必要としない習慣的な行動をしているときに起きる(例えば食べ終わった皿を洗っているときに,何の理由もなしに「オランウータン」という言葉が急に頭に浮かぶ)。最も注目すべきは,マインドポップのきっかけとなったものを,周囲の環境や少し前に考えていた中身から探し出すのが非常に難しいという点だ。マインドポップはどこからともなく現れるようだ。
だが最近,マインドポップが完全にランダムではないことが明らかになってきた。隠された形ではあるが,自分の経験や知識に結びついている。マインドポップの研究はまだ日が浅いが,これまでのところ,この現象が確かに存在し日常的に起きていることが示されている。他の人に比べてマインドポップがはるかに頻繁に起きると自覚している人がいるほか,マインドポップが頻繁に起きると問題解決が早まったり創造性が高まったりすることがある。一方,統合失調症患者など一部の人たちの場合,マインドポップは無害な現象から不安な幻覚へと変わっていくようだ。(続く)
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