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別冊185 進化が語る 現在・過去・未来

別冊185『進化が語る 現在・過去・未来』〜各章の内容紹介〜

別冊185『進化が語る 現在・過去・未来』第1章から第4章までのイントロダクションを紹介します。いずれも編者・三中信宏氏による解説です。

 

 

第1章:進化的に生物を見るまなざし

 科学としての生物進化学の背後には,思想としての進化的思考が横たわっている。チャールズ・ダーウィンは,彼が生きた19世紀イングランドの社会・宗教・文化そして人脈のコンテクストのなかで,その進化思想を育んだ。ダーウィン自身はもちろん生物学者として執筆活動を続けたが,その思想は科学としての進化学を大きく超越して,現在にいたるまで大きな影響力を及ぼし続けている。

 本章では,ダーウィンの進化論をより広い思想的ならびに科学史的な視野の中に置いて再考する。「進化論の150年」はダーウィンが生きた時代背景をふりかえり,現代にいたる進化学の流れを見渡す。続く「ダーウィンと現代思想」は生物学哲学の立場からダーウィン思想の周辺分野への波及とその意義について論じる。「生物の種とは何か」では,生物学の根幹をなす「種(species)」の概念をめぐる長年にわたる論争を概観する。生物多様性の単位であるはずの「種」は,かつての博物学の時代から温存されてきた概念のひとつであり,いまなお論争の火種となっている。最後の対談「世界を束ねる進化の系統樹」では,図像としての「生命の樹」である系統樹を手がかりとして,系統樹に基づく進化的思考が科学としての生物学の枠にはとうていおさまらない広がりを持つ概念であることが語られる。進化的思考の対象は生物にかぎらず万物に及んでいる。事物が時空的に変遷していくというこの考えが生物進化観の母体となった。

 

 

第2章:生物多様性とゲノム進化との関わり

 メカニズムをまったく知らないまま遺伝現象を説明せざるを得なかったダーウィンの時代とは異なり,現代ではさまざまな分子遺伝学・分子進化学の知見が個々の遺伝子の果たす役割とたどってきた歴史を明らかにしつつある。分子レベルの研究によって解明する地球上の生物多様性の真の姿とはなんだろうか。

 本章では,1世紀半に及ぶ生物進化学の進展がもたらした,進化過程に関する研究成果のいくつかを紹介する。ダーウィンが想定した自然選択(自然淘汰)についてはこれまで集団遺伝学が遺伝子頻度の変化に関する数理モデルと実験観察によって研究が進められてきたが,現在ではもっと詳細な分子レベルの知見が蓄積されている。「ゲノムから見た自然選択のパワー」では,自然選択の進化要因としての重要性を分子レベルで再確認する。続く「多様性の源 複雑な生物を生む力」では,自然選択が作用する前提となる集団内の遺伝的変異が分子レベルでどのように生じるかを論じる。次の「生物の形を決める遺伝子スイッチ」は分子発生生物学の観点から生物体の基本的ボディプランがどのような遺伝子支配を受けているのかを概説する。最後の「カリブのトカゲが語る進化の謎」では,最近注目されている表現的可塑性という進化過程の実例をカリブ海の島々に生息するトカゲを例にして説明する。

 

 

第3章:地球は今も昔も進化の舞台

 移動分散能力がそれぞれ異なる生物はどのようにして現在の地理的分布域を獲得したのだろうか。近縁な生物群が遠隔地に分布する歴史的原因は何だろうか。生物進化学が時間軸に沿った生物の変遷を論じるのに対し,生物地理学は空間軸からみた生物の広がりに関心をもつ。さらに,地球上にはいまなお「極限環境」と呼ばれる過酷な自然環境があり,そこに生息する生物相は太古の地球で生じた進化過程に関する手がかりを与えている。

 本章では生物のもつ空間的次元に着目し,その進化的な意味を探る。最初の「鯨骨生物群集は進化の“飛び石”?」と続く「深海底のロストシティーが語る生命の起源」では,深海底に目を向け,その特殊な極限環境と生物相のありさま,そして生物進化を探る手がかりについて論じる。「葉緑体進化のダイナミズム 小さな藻類の数奇な物語」は,細胞内共生の代表例として知られる真核細胞における葉緑体の起源を論じる。「ニュース記事:超大陸分裂で淡水魚が進化」はミトコンドリアのゲノム解析から明らかになった淡水魚の地理的分布とプレート・テクトニクスとの関係を示す。続く「魚から四肢動物へ 見えてきた上陸前後の変化」と「超大陸分裂と恐竜の進化」では,陸上にあがった動物の進化シナリオが時空的にどのように復元されたかを論じる。

 

 

第4章:ヒトの来し方と行く末について

 近代分類学の祖であるカール・フォン・リンネは主著『自然の体系』(1735)の中で「ヒト」の記載文としてただ一言「汝自身を知れ」と記した。われわれ自身が自然界でいかなる位置を占めるのかは生物学者ならずとも気になるだろう。しかし,ダーウィンが生物進化を論じるにあたっては,ヒトの進化に関する主張を晩年の『人間の進化と性淘汰』(1871)まで公表しなかった。ヒトの生物学的本性とその進化を論じることは当時のイングランドでは不可触のタブーだったのだ。いまでは,ヒトの進化と系統に関わる知見はすでに十分に蓄積されている。

 本章では,ヒトの生物学的起源を問い直し,現代に生きるわれわれにとって過去の進化がもたらした生物学的遺産とどのようにつきあうか,そしてヒトは今後どのように進化していくのかを考える。「人類の系図」は化石資料に基づくヒトの最新の系統樹を描く。続く「人間の由来と病気」は,現代人が罹る病気の多くが人類進化の過程で獲得されてきたことを示す。「現代人の進化」は最新の遺伝子解析(SNP解析)に基づいて現代人の遺伝的多様性を論じる。最後の「実社会に生きる進化生物学」では,現代進化学がもたらした知見が,進化工学や遺伝アルゴリズムなどの技術を通して現代社会に大きく貢献してきたことを指摘する。

 

 

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