ゴキブリの脚が踊るのを見よ〜日経サイエンス2012年8月号より
高校生に神経科学を教えるユニーク教材
私はミシガン大学で神経科学の大学院生だったころ,動物の脳の活動を記録して脳が何をやっているのかを解明しようとしていた。同時に,学校の教室に行って子供たちに神経科学を教えていた。そこで私と現在のビジネスパートナーであるマーズロ(Tim Marzullo)は,私たちが実験室でしていることと教室で教えられていることに大きな違いがあることに気づいた。教室ではピンポン球と縄跳びを使って活動電位(ニューロンが発火するときに生じる電気活動)を説明していたが,これは脳で実際に起きていることとは大違いだ。
そこで,私たちは記録用キットを100ドルで作ろうと考えた。バイオ増幅器の「スパイカーボックス(SpikerBox)」だ。軸索が伝えている電気を増幅器の針で検知する。脳がしていることを“聞ける”わけだ。私たちは例としてゴキブリを使っているが,将来は脊椎動物や海洋動物を使いたいと考えている(http://www.backyardbrains.com/Home.aspxでデモ動画が見られる)。
このキットは組み立て済みの完成品は100ドルだが,自分で組み立てるなら49ドル。多くの高校には工学や物理学の授業があるので,そこで生徒がキットを組み立てて,その授業で使ってもいいし,生物学や生理学など別の授業で使ってもよい。
世界一流の神経科学者になれるはずの生徒たちが,高校で神経科学を教わらないせいで神経科学者にならない──そんな状況を何とかしたい。高校では神経系や脳について教えるかもしれないが,内容は極めて一般的だ。職業を選ぶとき,本で読んだ事柄よりも実際の経験がものをいう。ゴキブリの脚が音楽に合わせて踊るのを実際に見たり,ゴキブリの脚を操ったり,そこから出る神経スパイクの音を聞いたりという経験は実に印象深い。子供たちにとって一生記憶に残る出来事になる。
語り手 グレッグ・ゲイジ(Greg Gage)。バックヤード・ブレインズ社(ミシガン州アナーバー)の共同設立者。
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