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電子の生誕120年を祝う〜日経サイエンス2012年8月号より

ローレンツの電子論は古典物理学から現代的な物理学への架け橋となった

 

F. ウィルチェック(マサチューセッツ工科大学)

 

 電子は現代のエレクトロニクス社会を支配しているが,そう遠くない昔には単なる概念だった。今年6月はオランダの物理学者ローレンツ(Hendrik Antoon Lorentz)が深遠にして大きな影響力を持つ「電子論」を生み出してからちょうど120年にあたる。ローレンツの電子は単なる仮想的な素粒子ではなく,野心的な科学理論の要(かなめ)となった。現在の物理学者は単純で美しい方程式から自然の完璧な記述が浮かび上がってくるという考え方に慣れているが,ローレンツ以前は,それは神秘的で怪しい考え方とされていた。

 大半の物理学者にとって,19世紀物理学の記念碑はマクスウェル(James Clerk Maxwell)が1854年に作り上げた電場と磁場に関する数学的な理論だ。そしてしばらく停滞の霧がかかった後,相対性理論と量子論という20世紀の大地殻変動につながる。だが,よく語られるこの歴史物語は両者を結ぶ架け橋を見えにくくしている。この架け橋はそれ自体が,壮烈な努力によって成し遂げられた素晴らしい成果だ。

 

マクスウェルの混乱を純化

 話の流れを整理するには,マクスウェルをあえて冒涜する必要がある。マクスウェル方程式に関するマクスウェル自身による注解は,どうしようもないゴミなのだ。現在の学生が「マクスウェル方程式」として学ぶ鮮やかで簡潔でエレガントな構造は,彼の著作のなかには見つからない。その代わりに見つかるのは,記号の山と,だらしなく連なる言葉と数式だ。マクスウェルはたいへん謙虚な人で,自分がその時代の詩を,記念碑に刻み込むにふさわしい詩を生み出しつつあるとは考えていなかった。彼は単に,電気と磁気について当時わかっていたことすべてを,数学的な形で要約しようと企てた。彼の著作では,基礎方程式が間に合わせの現象学とごちゃ混ぜになっている。

 ローレンツの功績はマクスウェル方程式のメッセージを純化したことにある。ノイズからシグナルを分離して示したのだ。シグナルとは,電場と磁場が電荷とその運動にどう反応するかを支配する4本の方程式と,これらの場が電荷に及ぼす力を特定する1本の方程式。ノイズとは,その他のすべてだ!(続く)

 

続きは現在発売中の8月号誌面でどうぞ。

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