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盲腸は命を救う〜日経サイエンス2012年6月号より

一見つまらないこの臓器が重い感染症から私たちを守っているらしい

 

 虫垂(盲腸)は過去の遺物で,クジラに残っている後ろ脚の骨のようなものだという話を聞いたことがあるかもしれない。デューク大学医学部の外科教授パーカー(Bill Parker)もそんな話を聞いたが,賛同はしていない。彼は虫垂が腸内善玉菌の“天然の保存庫”として働いているという。コレラなどの重い腸感染症(現在でも多くの地域で繰り返されている)にかかると腸内の善玉菌が激減するが,虫垂が善玉菌を保存しているおかげで復活するというわけだ。虫垂は基本的にこれら相利共生生物の避難所であるとパーカーは考えている。いつでも空室ありのホテルのようなものだ。

 

 2007年のJournal of Theoretical Biology 誌に掲載されたパーカーのこの仮説は,人体の臓器の働きに関する根本的に新しい考え方だ。さらに昨年12月に発表されたある論文が,この仮説を裏づける新データを報告した。

 

 ウィンスロップ大学病院(ニューヨーク州)の消化器学・肝臓病学・栄養学部門の責任者グレンデル(James Grendell)のチームは,クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)という菌が引き起こす腸感染症にかかった経験のある254人の患者について調べた。この菌は致死性が高く,長期間にわたる抗生物質投与を受けている患者に院内感染することが多い。ディフィシル菌は患者の腸内にもとからすみついている微生物叢にふつうは勝てないが,在来の微生物が激減していると(例えば抗生物質治療を何回か受けた後など),急増して腸を乗っ取る。パーカーの説が正しければ,虫垂がない患者はある患者よりもディフィシル菌がはびこりやすいはずだ。

 

 グレンデルのチームが調べたところ,まさにその通りだった。虫垂がない患者はディフィシル菌再発の確率が2倍以上も高かったのだ。虫垂のある患者の再発率は症例の18%だったが,虫垂がない患者では45%だった。

 

 要するに,人間の身体には細菌を守っている臓器があり,その細菌に自分の身体を守ってもらうようにしているらしい。だが確証を得るには,さらに調査や実験をする必要がある。それまでは,医師たちは虫垂炎になったこの臓器の切除を続けるだろう。切除された小指大のちょっと醜い虫垂は,人間と他の生物種との複雑な関係の象徴であり,人間の知識の乏しさの象徴でもある。

 

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