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時間の穴に隠す〜日経サイエンス2012年5月号より

ある瞬間だけ物体を見えなくする新種の“隠れ蓑”

 

 空間内のある特定の領域の周りで光の経路を巧みに変えて,領域内の物体を実質的に見えなくする――物理学者たちはそんな“透明隠れ蓑”の改良に数年前から取り組んできたが,その変種が登場した。コーネル大学のチームが最近,“時間的な隠れ蓑”を初めて作り出した。ある特定の瞬間に,物体や事象を見えなくする装置だ。

 コーネル大学の博士研究員フリードマン(Moti Fridman)らは実験光学系にレーザービームを通して検出器でとらえる仕組みを作った。一般にレーザービームの経路に物体や別の光線があると,レーザー光に変化が生じ,その変化が検出器に記録される。しかしフリードマンらは光学系を巧妙に工夫することで,レーザービームにわずかな時間的空白を空けてはすぐに何もなかったかのように閉じ,ビームの中断が検出器では記録されないようにした。この空白部分を利用すると,通常ならビームに影響を与える物体などに空白をすり抜けさせ,検出器に何の痕跡も残さないようにできる。

 

“時間の穴”を作るテクニック

 研究チームはこの“隠れ蓑”を使って,通常ならレーザービームと相互作用して特定波長のはっきりしたスパイクを生み出す光パルスを隠した。その結果,決定的なスパイクがほとんど検出不能になった。

 Nature誌1月5日号に報告されたこの隠れ蓑は,光が媒質中を進む速度が光の色(波長)によって異なるという事実に基づいている。研究チームは「タイムレンズ」と名づけた装置を使って単色のレーザービームをある広がりを持つ波長域に広げ,その波長域の半分については媒質中の伝播速度が遅くなり,残り半分については速くなるようにした。これによって,非常にわずかな時間的隙間が生まれる。この光を逆のプロセスで処理すると空白部が閉じ,もとの連続ビームに戻って,波長を乱されなかったかのように検出器に達する。

 フリードマンらが実現した空白は非常に短く,持続時間にしてわずか50ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)だった。この空白期間を多少延ばすことは可能だが,散乱と分散の効果のために,この“時間的隠れ蓑”が隠せる範囲は数ナノ秒が限度だという。

 

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