離陸間近の折りたたみ式飛行機〜日経サイエンス2006年3月号より
風船のように空気で翼を膨らませる
どこにでも持ち運びが可能
155ミリ榴弾砲から砲弾に似たものが勢いよく飛び出し,低い衝撃音が山々にこだまする。ところが,1秒もたたないうちに砲弾は膨れ,翼幅1.8mの飛行機に姿を変えて充満する煙のなかを滑空し,山火事の現場へと向かう。熱くて危険な現場もなんのその,低空飛行で接近可能──。そんな飛行機が間もなく登場しそうだ。
この“膨張式飛行機”を開発しているのは,デラウェア州にあるILCドーバーというエンジニアリング会社。目標は,くしゃくしゃにたたんで持ち運んだり狭い場所に格納したりできる無人飛行機だ。榴弾砲から発射できるほか,バックパックに入れて運んだり,別の飛行機から投下することも可能だろう。
また,普通の飛行機に膨張式の翼を加えれば,飛行中に翼幅を伸ばして2倍にできるだろう。通常は短い翼で高速航行し,偵察飛行や着 陸時には膨張式の翼を伸ばして速度を下げ,燃料の消費を抑える。
NASAが先鞭
膨張式翼の技術が実証されたのは2001年のことで,米航空宇宙局(NASA)ドライデン飛行研究センターの実験による。高度およそ300mから機体を投下し,2つの膨張式翼を展開させることに成功した。ただし,この翼には飛行制御の仕組みが付いていなかった。そこでILC社は小型で柔軟性のある駆動機構を開発し,翼に組み込むことにした。現在は,翼と一緒にくしゃくしゃに折りたためる太陽電池を開発中。翼を広げている間は,この太陽電池から搭載機器に電力が供給される。
ILC社の研究開発部長カドガン(David Cadogan)は「膨張式飛行機に関して多くの開発計画を進めている」と話す。用途に応じてさまざまなサイズのものができるのが強みで,重量が約70kgのものから,小さなものでは4.5kgの軽量機も可能という。機体重量45kgのタイプなら,光学式カメラや赤外線カメラなどさまざまな検出器を装備できるだろう。遠隔操縦にあたるオペレーターも1人ですむようにしたいという。
将来は火星の空に
ILC社とケンタッキー大学のチームは将来の目標として,この翼を火星の大気中で飛行させたいと考えている。惑星探査機では格納スペースは貴重だから,小さく折りたためる翼はもってこいだ。同社は火星探査車を安全に着陸させるエアバッグも設計した。
膨張式翼の技術に関心を寄せているのは同社だけではない。NASAの2001年の実験機で翼を設計したカリフォルニア州のバーティゴ社も独自に翼の開発を続けており,榴弾砲から発射可能な砲弾に取り付けられる膨張式翼などを研究中だ。NASAや国防総省高等研究計画局,無人飛行機のメーカーなども,この技術に注目している。