SCOPE & ADVANCE

タンパク新素材で驚異の弾力性〜日経サイエンス2006年4月号より

人工レシリンの登場で高まる実用化への期待

 

 スーパーボールは硬いプラスチックの球体で,落下するとほぼ完璧に跳ね返り,いつまでも弾み続けそうなおもちゃだ。最近,天然のスーパーボールともいえるタンパク質が合成された。これはレシリンと呼ばれ,エネルギー効率が非常に高く,伸縮性がある。ノミが跳ねたり,ハエが羽ばたいたり,セミが鳴くのもこのレシリンのおかげだ。

 

 人工のレシリンは生物医学や工業に応用できるかもしれない。新型のステントや心臓弁,脊椎円板移植,ナノヒンジ,さらに運動靴の靴底にも使えそうだ。

 

 

伸び縮みするコイル

 

 レシリンは約40年前に発見され,それ以来バイオミメティクス,つまり生体系をまねることに焦点を当てた研究の目標となっていた。レシリンに似た生体材料にエラスチンがある。エラスチンは血管などの組織が収縮した後,元の形に戻すことを可能にするタンパク質だ。

 

 バイオミメティックスが専門の英バス大学ビンセント教授(Julian Vincent)は,エラスチンとレシリンは弾性を生み出す共通の分子構造を持つという。不規則にコイル状になったアミノ酸の鎖が,架橋によって分子内のあちこちで互いに結合している。

 

 水を使ってレシリンを膨張させると,そのコイルが自由に回転するようになり,タンパク質は伸びるにつれてコイルがほどける。どちらの物質も壊れずに伸びる性質があり,エラスチンは2倍,レシリンは4倍以上にもなる。

 

 2001年にショウジョウバエのゲノムからレシリン遺伝子が発見され,ほどなくオーストラリアのブリスベン近郊にある科学産業研究機構(CSIRO)畜産部門のエルビン(Christopher M. Elvin)は,レシリン作製計画を発表した。エルビンのチームはレシリン遺伝子を大腸菌に導入し,プロレシリンという液状のタンパク質を生成した(Nature誌2005年10月13日号)。

 

 プロレシリンを弾性のある固体に変えるには,らせん状のペプチド鎖の間に架橋を形成する必要があった。エルビンらはいくつかの手法を試した後,最終的にプロレシリンを金属触媒と酸化剤とともにしばらく光に当てるという方法を用いて成功した。この方法によって光化学反応が起こり,必要な架橋構造ができた。

 

 エルビンによると,こうしてできた固体の組み換えレシリンは,天然のレシリンと同じ特性を持つという。グループは現在,この材料の基本的な機能をさらに詳しく調べ,弾力性の原因であるタンパク質配列を基礎要素として組み入れる新しいポリマーの合成を目指している。

 

 だが,実用化までには解決すべき問題がいくつか残っている。天然のレシリンは非常に伸縮性があるが,硬さはそれほどない。自然はこの欠点を丈夫な「キチン」で編み込むことで補っている。人工レシリンを強化するには同様の方法が必要になるかもしれない。また,タンパク質は生分解性があるため,ヒトの体内など湿った環境で使用する場合は改良が必要になる。最終的にはレシリンの弾力性を乾いた状態で維持するために水の代わりになるものが必要となる。 

 

 エルビンは「可能性は大きいが,まず実際に機能させなければならない」と強調。「実現するのは10年後になるかもしれない」。そうなったら,スーパーボールならぬ「ウルトラボール」が流行するだろうか。

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