カビから生まれたコレステロール低下剤〜日経サイエンス2006年7月号より
新薬誕生の背景には粘り強い努力と海外の有力研究者の励ましがあった
コレステロール値を下げる画期的な薬「コンパクチン」を発見した遠藤章(えんどう・あきら)博士(バイオファーム研究所所長)が2006年度の日本国際賞を受賞した。その発見と研究の軌跡を振り返ってみると,いくつかのドラマが浮かび上がる。
中性脂肪やコレステロール値が高い高脂血症は先進国に多い生活習慣病の1つだ。約30年前,三共の研究員だった遠藤博士は青カビから血中コレステロール値を下げる物質を発見した。これが現在のコンパクチンだ。
遠藤博士は,食物から摂取するよりも体内で作られるコレステロール量のほうが多いことに着目し,コレステロール生合成のために作用する約30種類の酵素の1つ「HMG-CoA還元酵素」を阻害する薬の探索を始めた。2年をかけて約6000株のカビとキノコを調べ,1973年8月,京都産の米についていた青カビからコンパクチンを発見した。菌類に注目したのは,フレミングによるペニシリン発見物語を学生時代に読んで感銘を受けたことが背景にあるという。
ただし,ここから薬までの道のりは険しかった。三共の中央研究所で行われたラットの実験では血中コレステロール値が下がらず,新薬開発のテーマに採用されなかったのだ。あきらめきれなかった遠藤博士は,国内でニワトリなど他の動物を使った実験を進める一方で,海外の著名な研究者に助言を求め,共同研究を模索した。
当時からコレステロール研究で有名だった米国のブラウン(Michael S. Brown)とゴールドスタイン(Joseph L. Goldstein)両博士の組織培養技術でコンパクチンの効果を確かめたいと考え,依頼状を書いたところ,ゴールドスタインからすぐに承諾の返事がきた。彼らは遠藤博士の考えを高く評価,コンパクチンの作用にも共鳴し,積極的な情報交換を続けてくれた。後に国内で副作用の懸念などが浮上した際にも,遠藤博士の心の支えとなった。「誰よりも応援してくれた」という。
遠藤博士は1979年に三共から東京農工大学に移ったが,その後も2人との共同研究は続いた。1985年,ブラウンとゴールドスタインはコレステロールの調節にかかわる「LDL受容体」の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞。この発見には遠藤博士が提供したコンパクチンを使った実験や互いの情報交換が大きく貢献している。
新薬開発の行方はというと,米メルクがコンパクチンとよく似た「ロバスタチン」を発見して1987年に発売,三共もコンパクチンの構造を変えた薬品を1989年に発売した。現在コンパクチンを含むスタチン系薬剤は,全世界で約3000万人の患者が使用し,市場規模も3兆円に迫る。
遠藤博士の原点は,少年時代に祖父と歩き回った野山で見た多様なキノコ類や,麹作りで体験したカビの神秘性だという。熾烈な生存競争を繰り広げる菌類や微生物には「まだまだ多くの薬の種となる物質が隠されている」と遠藤博士は考えている。