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クレーターに残る異常磁場〜日経サイエンス2006年7月号より

南アのフレーデフォートでは方位磁石は利かない…

 

 「まるでバミューダ・トライアングルだ」とイテンバ加速器科学研究所(南アフリカ共和国)のハート(Rodger Hart)はいった。私はコンパスを取り出した。初めのうち針は正しく北を指していたが,一歩進むとまるで違う方向に振れた。もう一歩進むと,また違う方向へ。そこで今度は足元に露出している大きな岩にコンパスを向けると,岩の上で数cm動かすたびに針はぐるぐる動き回った。

 

 ここは「フレーデフォート・クレーター」の中心。ヨハネスブルクから南西に100kmのところにある。地球上で最古にして最大のクレーターで,約20億年前に差し渡し10kmもの小惑星が衝突してできた。より昔に南アフリカやオーストラリア西部など各地に隕石が衝突したが,これらについてはいずれも地質学的な痕跡はすっかり消えてしまっている。

 

 フレーデフォートも素人目にはクレーターには見えない。クレーター全体の大きさは直径250~300kmと推測されているが,外縁はとうの昔に風化してなくなっている。現存する最も明白な構造は「フレーデフォート・ドーム」だ。これは“衝突のリバウンドで生じた頂”で,地中深くにあった岩が衝突によってたたき出され,中心部に山を作ったものだ。

 

強力だが向きがバラバラの磁性

 

 ハートによると,ここの岩石が奇妙な磁性を帯びている原因はおそらく,衝突高度に電離ガスが生じ,そのなかを流れる電流によって,非常に強力で方向がバラバラな磁場ができたためだろうという。こうしたメカニズムで強磁場が発生することが実験で確かめられている。計算では,大きさ1kmほどの小惑星(フレーデフォートに落ちたものの1/10)でも,衝突点から100km離れた地点で地球磁場の1000倍の磁場が生じるという。

 

 フレーデフォートの強力でランダムな磁性は,航空調査ではわからなかった。航空調査で判明したのは,クレーター上の磁場が異常に弱く,まるで地球磁場に穴が開いたように見えることだった。地上の磁場があちこちに向いているために,上空から観測するとこれらが打ち消し合って見えるためだ。

 

火星の磁場の謎解きにヒント

 

 フレーデフォートの調査結果は地球の地質学だけでなく,火星の研究にもヒントを与える可能性がある。

 

 火星周回探査衛星マーズ・グローバル・サーベイヤーで大盆地「ヘラス」と「アルジャイル」の磁性を測定したところ,ほぼゼロだった。なぜか。従来の説明はこうだ。約40億年前にこれらの巨大クレーターができたとき,火星には磁場がなかったはずだ。もしあったとすると,両盆地の岩石が衝突後に冷えたときに磁化として残っていなくてはおかしい。現在の火星には磁場がないが,はるか昔には存在していた。したがって,火星は非常に早い段階で磁場を失ったと考えられる……。

 

 だがハートはこう指摘する。もしヘラス盆地とアルジャイル盆地がフレーデフォートと同様の性質のクレーターだとすると,両盆地ができたときの火星の磁場については何も論じられない。ひょっとしたら火星磁場はまだ強かったかもしれない。ただし,マーズ・グローバル・サーベイヤー計画の主任研究員アクーニャ(Mario Acuña)は,火星のクレーターのうちフレーデフォートと同程度のより小さなものに関するデータはハート説とは一致しないと指摘する。

 

 話を地球に戻すと,ハートはフレーデフォートの磁性をヘリコプターから調べようと提案している。低高度から磁場の変化を詳しくとらえる。完璧な磁気分布地図が得られ,謎の一部が解けるだろう。

 

急冷で記録
フレーデフォート・クレーターのなかでも,磁化が異常なまでに強くて方向がそろっていないのは「強い衝撃を受けた岩石」だけだ。これらは強力な圧力を受けたものの溶解しなかった岩石。イテンバ加速器科学研究所のハートはパリ地球物理学研究所の研究者とともに,薄い層をなしているこれらの岩石は急速に冷え,衝突時に発生した強力でランダムな磁場のパターンをそのままとどめたのだと提唱している。反対に,それ以外の岩石は溶解して大きなプールを形成したため冷却に長い時間がかかり,より弱い自然の地球磁場の状態を反映したのだという。

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