SCOPE & ADVANCE

見えてきたメタンハイドレートの実像〜日経サイエンス2006年8月号より

深海底下に膨大な量が眠る“燃える氷”,メタンハイドレート
日本海での現地調査で,その起源や形成過程に新たな手がかりが得られた

 

 新潟県上越市沖の日本海で調査船「海鷹丸」の魚群探知機が異変をとらえたのは2年前の夏だった。探知機が示すグラフに現れたのは,魚の群れなどではない。水深900~1000mの暗黒の深海底から立ち上る雄大な気泡の柱だ。柱の太さは数十m,高さは約600mに達する。同様の柱が付近で10本近く確認された。その根もと近くには直径数百m,深さ数十mの大きな丸い凹みが列をなして並んでいた。
 東京大学の松本良(まつもと・りょう)教授らによるこの発見をきっかけに,産業技術総合研究所や海洋研究開発機構(JAMSTEC)なども参加した大がかりな調査が始まった。無人潜水艇「ハイパードルフィン」が,そうした深海底の丸い凹みの周辺に見られる小さな谷の崖を調べたところ,白っぽく,氷のようなものが見られた。実際に採取して調べたところ,メタンハイドレートだとわかった。
 メタンハイドレートはメタン分子と水分子が結びついてできたシャーベット状の物質。火をつけると燃えることから“燃える氷”とも呼ばれる。深海底のような低温高圧の状態で安定的に存在する。日本近海ではオホーツク海沿岸や太平洋側の各地で確認され,海外でも太平洋や大西洋の陸に近い深海底に膨大な量が埋もれていることがわかってきた。ただ,日本海で確認されたのは今回が初めてだ。
 一般的にはメタンハイドレートは海底下数百mあたりに広く分布するが,上越市沖のように海底に露出する例は極めて珍しい。高さ数百mに達する気泡の柱(巨大メタンプルーム)が何本も見られるのは,いまのところここだけ。上越市沖はメタンハイドレートに関する活動が非常に活発な特異地域といえる。
メタンハイドレートは未利用のエネルギー資源として注目を集める一方,メタンは二酸化炭素より20倍強い温室効果を及ぼすことから,メタンハイドレートが何らかの理由で溶けてメタンが大気中に放出されると温暖化が加速する恐れがあり,地球環境問題の重要テーマにもなっている。
 巨大メタンプルーム近くの深海底で確認された丸い大きな凹みは「ポックマーク」と呼ばれ,メタンの大規模噴出によってできたとみられる。ポックマークはノルウェー沖の北海でも確認されているが,それよりもはるかに規模が大きい。

 

起源は海底の地下深くに

 メタンハイドレートを形成するメタンのもとは,陸域から運ばれた有機物だ。陸近くの深海に堆積した有機物は深海底下数百mくらいまでは微生物の活動によってメタンに変わり,それが低温高圧という条件下で水と反応してメタンハイドレートになる(微生物分解起源)。一方,深海底下2~3kmまで埋没した有機物は地熱によって熱分解されてメタンが発生,これが海底近くまで上昇してメタンハイドレートができる(熱分解起源)。
 両者の区別はメタンが含む炭素同位体を調べればわかる。炭素には原子量が12と13の同位体があるが,微生物分解起源のメタンは熱分解起源のものより炭素12の比率が大きくなる。量的には熱分解起源のほうが多いと推定されているが,これまで確認されているメタンハイドレートの多くは微生物分解起源だ。これに対し,上越市沖のメタンハイドレートは熱分解起源であり,その点でも注目されている。
 ではなぜ,上越市沖で巨大メタンプルームが発生するなど活動が活発なのか。実は,この地域はユーラシアプレートと東北日本が載る北米プレートがぶつかり合う境界に近く,地層が大きく褶曲(しゅうきょく)して山や谷ができている。そして巨大メタンプルームやメタンハイドレートが確認された場所は,深海底でも周囲より300mほど盛り上がった山になっている。
 この地域は激しい褶曲に伴って地下深部までかなりのひび割れが入っていると考えられ,それらを伝わって熱分解起源メタンが上昇し,メタンハイドレートができたとみられている。新潟から秋田あたりの日本海沖合や内陸部には油田やガス田などがあるが,これらも地殻の褶曲による山の部分(背斜構造)にあたる。
 実際,音波を使った地下探査データによると,巨大メタンプルーム近くにあるポックマークの下には直径約500m厚さ120~130mに達する円盤状のメタンハイドレート層が確認され,その下にメタンガスがたまっているらしい。地下深部から上昇してきたメタンはこの円盤に進路を邪魔され,少し横にそれて海底に噴出し,巨大メタンプルームとなっているようだ。
 ただ,こうしたシナリオはさらに精密な調査研究で検証する必要がある。巨大メタンプルームは水深300mあたりで消滅するが,どの程度のメタンが大気中に放出されるのか,ポックマークはいつごろ何がきっかけで形成されたのか,上越市沖のような活動的な場所が近くにほかにもあるのかなど,多くの謎も残る。松本教授らは今年の夏も無人潜水艇などを使った現地調査を実施する予定だ。 

サイト内の関連記事を読む