SCOPE & ADVANCE

NASAの逆噴射〜日経サイエンス2006年8月号より

将来の有人飛行を優先して既存計画を大幅カット──しかし,禍根を残さないだろうか?

 

 2年前にブッシュ大統領が新たな有人月飛行計画を発表したとき,多くの人は,言葉ばかりで資金のあてがないと心配した。結局,不足分は米航空宇宙局(NASA)の科学研究費から搾り取られるのではないか……。
 ただし,方向性そのものは間違っていないように見えた。スペースシャトルや国際宇宙ステーションから徐々に撤退し,浮いた資金でシャトルの後継となる有人宇宙船CEV(Crew Exploration Vehicle)を造って2020年までに月へ送るのは不可能ではない。「資金のある範囲で進める」と割り切れば,お金が乏しくなったら計画を延ばせばよく,他の計画から予算を失敬することはないだろう。少量の追加支出があれば,変更に伴う一時的なコスト増はカバーできるはずだ。NASA長官のグリフィン(Michael Griffin)は昨年9月の記者会見で「今後,有人月飛行計画のために科学研究費からびた一文出すつもりはない」と語った。
 だが,やはり不安は当たったようだ。2月に発表されたNASAの予算では,土星の衛星エウロパを周回するエウロパ・オービターから重力波観測衛星まで,多くの科学計画がばっさり削られた。これまで安泰だった個人研究者向けの研究費も,昨秋にさかのぼって15%削減。すでに何百人もが支援打ち切りを宣告する「終了通知」を受け取っている。
 グリフィンは2月の議会でこう述べた。悪い知らせだ。「国際宇宙ステーションを完成し,有人宇宙船CEVを期限通り2014年までに,可能ならより早期に稼働させることは,この期間の科学研究よりも優先される」。

 

科学研究費,20%の削減

 予算削減への秒読みは,実は1年前に始まっていた。まず,ブッシュ政権は約束していたつなぎ資金の支払いを取りやめた。その後,ハリケーン・カトリーナでミシシッピ州とルイジアナ州にあるシャトル施設が損壊。さらに,主にイラク戦争の経費をまかなうために連邦予算が全面一律削減された。最悪だったのは,シャトルと宇宙ステーションで30億ドルの不足が生じたことだ。グリフィンは政府に嘆願したが,NASAの資金枠のなかで埋め合わせるようにと告げられた。
 2年前の計画と比べると,NASAの科学研究予算は2007~2011年の5年間で合計64億ドル(数字は2005年のドル価)も削られている。20%の削減だ。最も大きく削られたのは惑星探査で,40%減。有人宇宙飛行は52億ドルを獲得したが,羨まれるにはほど遠い。シャトルは2010年の引退までに宇宙ステーションへ28回の飛行を予定していたが,これが16回に減らされた。その後CEVがデビューするまで,米国には宇宙飛行士を軌道上に打ち上げる手段がなくなる。

 

節約のつもりが無駄になる恐れ

 グリフィンは資金の使途変更を,有人宇宙飛行を復活させるための一時的な措置だと説明している。長年の事情通はグリフィンの抱える悩みに同情するが,やり方が強引にすぎると不満を漏らす者も多い。複数年にわたるプロジェクトには,ある程度安定した資金供給が必要だ。予算が急に変更になると,半ば完成した(あるいは完成ずみの)装置が無駄になり,苦労して開発した専門技術が失われ,気象観測などのデータに穴があく。NASAは以前にも予算不足に陥ったことがあったが,こんな無駄はしなかった。
 「今回は景気後退のなかでの突然の変更で,問題は以前よりも深刻だ」というのは,米研究評議会(NRC)宇宙研究委員会の委員長でNASAのOBでもあるフィスク(Lennard Fisk)だ。前例のない研究費大幅カットは研究者を直撃,たった8000万ドルの節約のためにNASAは大混乱を引き起こしている。

 

何を犠牲にするかを決めよ

 NRC宇宙研究委員会は,大規模計画の延期・縮小によって研究助成や小規模計画を維持する道を探っている。ジェームズ・ウェブ宇宙望遠鏡などの基幹ミッションはすでに予算を超過しており,いずれにしろ修正が必要だ。ワシントンカーネギー協会地球物理学研究所の所長でNASAのOBでもあるハントレス(Wesley Huntress)は,科学者たちはNASA上層部と連邦議会に任せきりにするのではなく,何を犠牲にするかを自分たちで決める必要があるという。
 この危機が従来の枠組みを打ち破る大胆な改革につながるのではないかと,期待を込めてとらえる向きもある。NASAはただちにシャトルや宇宙ステーションを切り捨てるべきか?いや,ステーションの建設期間を延ばして単年度経費を減らすべきか?NASAを科学局と宇宙飛行局に分けるべきか?そうした分離は科学にとって本当にプラスになるのか?何らかの有効な改革を引き出さない限り,2年前には壮大に見えた構想も実行不能に終わるだろう。

 

科学計画にブレーキ

中止
深宇宙気象観測/フーリエ変換分光静止衛星(GIFTS)/ハイドロス衛星/木星氷衛星周回機(JIMO)ケック・アウトリガー望遠鏡/火星探査シリーズ(2011年開始)/火星周回通信衛星/核分光望遠鏡アレイ(NuSTAR)

無期延期
コンステレーションX/レーザー干渉計宇宙アンテナ(LISA)/火星からのサンプルリターン赤外線天文学成層圏天文台(SOFIA)/地球型惑星探査機(TPF)

1~3年の延期
全球降水観測ミッション(GPM)/ランドサットデータ連続ミッション/極軌道環境観測衛星システム(NPOESS)軌道上炭素観測装置/宇宙干渉計ミッション(SIM)/ 広視野赤外線サーベイ衛星(WISE)


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