イルカは眠っているか〜日経サイエンス2006年10月号より
水族館での観察から,”細切れ”に眠りを取ることがわかった
出産直後のイルカの母子は少なくとも1カ月間は止まらずに泳ぎ続け,30秒に1回くらいの割合で水面に浮かび上がって呼吸する。そのとき,ほとんどの場合は両目を開けており,特に赤ちゃんイルカはそうだ。彼らはこの間ずっと眠っていないのだろう……。カリフォルニア大学ロサンゼルス校などの研究チームが出したこんな結論に,「いや,水中を泳いでいる間に睡眠を取っている」と反論する論文を日本の研究グループが発表した。
豊橋技術科学大学の関口雄祐(せきぐち・ゆうすけ)COE研究員と東京工業大学の幸島司郎(こうしま・しろう)助教授らは千葉県にある鴨川シーワールドで昨年夏,2組のバンドウイルカ母子について水面と水中窓から観察を続けた。その結果,息継ぎに浮上する際は目を開けるが,水中で泳いでいる間は片目や両目を閉じている場合が多いことがわかった。
イルカやクジラには人間と同様,右脳と左脳があり,片目をつぶっているときは脳のどちらか半分を休ませる「半球睡眠」を,両目を閉じているときは人間に似た「全球睡眠」をしている。関口研究員らは水族館でイルカ類の休息行動を調べ,彼らが水面に浮かんだり,プールの底に着底したり,ときには底近くをゆっくり泳ぎながら,半球睡眠や全休睡眠をしていることを突き止めていた。
「ベルーガなどは人間と同様,仰向けになって寝て,たまには体をピクピク動かすこともある」(幸島助教授)。両目を閉じたイルカどうしがぶつからないのは,必要最低限の頻度で超音波を出して障害物の有無を探っているからだという。
こうした研究の積み重ねから,出産間もないイルカの母子が止まらずにずっと泳ぎ続けていても,遊泳中に睡眠を取っている可能性が高いと考え,実際の観察で裏づけた。母子は睡眠と覚醒を数十秒間隔で繰り返しているわけで,「イルカ類の睡眠の新たな側面が明らかになった」(幸島助教授)という。詳細はNature誌電子版6月22日号に。