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読心術ジャンケンロボット誕生〜日経サイエンス2006年10月号より

日本チームが脳と機械をつなぐインタフェースを開発した応用の可能性は幅広い

 

 物事を決めあぐねたとき,日本では大人もあの伝統的な方法に頼る場合がある。ジャンケンだ。最近,日本の科学者がこの伝統に新たな趣向を加えた。機械で人の心を読み,その人が出すのと同じグー・チョキ・パーをロボットハンドに再現する。いわば思考によって制御するジャンケンロボットだ。
 国際電気通信基礎技術研究所(ATR,京都府)とホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンが共同開発した「ブレイン・マシン・インタフェース」がそれ。先ごろ行われた実演はこんな様子だった。機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)に入った人が自分の手でグー・チョキ・パーのいずれかの形を取る。運動野の神経活動に関連した血流の変化がMRIのデータとして読み取られ,これを機械学習アルゴリズムが解析。解読されたデータがロボットハンドに送られ,被験者が選択したのと同じサインを約7秒以内に85%の正確さで再現してみせた。

 

脳の活動を読み解く

 こんなブレイン・マシン・インタフェースがあれば,思考によって自由に操れるロボット軍団ができそうだが,この研究そのものはパターン認識に関する真面目なものだ。「脳の活動を読み解く方法を研究してきた」とATRの認知神経科学者である神谷之康(かみたに・ゆきやす)はいう。「ブレイン・マシン・インタフェースは考えうる応用のほんの一例にすぎない。例えば,誰かが商品をどう受け止めているかを読み取れば,マーケティングに利用できるだろう」。
 考えただけで操作できる携帯電話やコンピューターなど,使いやすい情報端末につながる可能性もあるという。ホンダ・リサーチ・インスティチュートの関口達彦(せきぐち・たつひこ)は,ドライバーの精神状態をチェックして眠気や酩酊状態を警告するような解析装置を思い描いている。
 ATRとホンダの共同チームがfMRIを利用したのは,さまざまな思考を“読む”うえで最も正確だからだ。神谷は説明する。「脳の断面像を得られる点が大きい。脳波計や脳磁計では頭蓋表面の電場や磁場の様子がわかるだけで,電流源を推定はできても,正確には特定できない。脳の活動を3次元的にとらえることはできないのだ」。
 脳波計は反応は速いがノイズの影響を受けやすく,被験者が訓練を積んで特別な思考プロセスを体得しないとうまく検知できない。これに対しMRIならそんな訓練は不要で,脳の自然な活動をとらえられる。

 

思考そのものを検出へ

 実用的なブレイン・マシン・インタフェースに仕上げるには,もっと複雑な精神活動を読み取れるようにする必要がある。工学的な問題としては,大きな脳スキャン装置を小型軽量化して,脳波を調べる電極つきキャップのように手軽に使えるようにしなくてはいけない。MRIで得たデータを蓄積して研究すれば,特定の脳領域や特定の精神活動に絞って検知する小型のシステムを開発できると神谷は考えている。同チームは脳磁計を利用できないかどうかを見極める実験も進めている。
 また,今回の解読手法のスピードを上げ,さらに改善して,グー・チョキ・パーのいずれかを「出そう」と考えただけで,つまり手を動かさなくても,その意思を読み取れるようにしたいという。
 「ジャンケンにはいくぶん社会的な側面がある。勝とうと思ったら,相手の行動を予測しなくてはいけない。だから,実際の手の動きではなく,意思を解読したいのだ」と神谷は説明する。
 ホンダ・リサーチ・インスティチュート社長の川鍋智彦(かわなべ・ともひこ)は,おそらく10年以内にはこのインタフェースがホンダの人間型ロボット「アシモ」をコントロールできるようになるとみる。そうなれば名実ともにジャンケンロボットの誕生だ。

 

“読心術”にさまざまな技術
ATRとホンダのチームはMRIを利用して“心を読んで”みせたが,ほかの方法もある。例えばデューク大学の神経生物学者ニコレリス(Miguel Nicolelis)はサルの脳に電極を埋め込み,検知した信号に従ってロボットアームを動かした。他の研究グループは脳波計を使って人間の思考を読み取り,コンピューターを操作する命令に翻訳している。身体の不自由な人がコミュニケーションするのを助ける狙いで,電極つきの帽子をかぶってもらうなど,身体を傷つけずにすむ方法を採用。このほか,脳磁計を使って脳の断層像を得ようという実験もある。

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