SCOPE & ADVANCE

旧石器時代の若き芸術家〜日経サイエンス2006年10月号より

洞窟壁画は狩りやセックスへの関心を映している
10代の少年たちが描いたのかもしれない

 

 旧石器時代の洞窟画ほど想像力をかき立てるものはない。1万年以上前に生きていた人間が残した数少ない具体的記録の一部だ。この古代の絵画がシャーマン(まじない師)の作品だという学者もいれば,成人の儀式やトランス状態に関連するものだという説もある。だが最近,もっと単純な解釈が現れた。狩猟とセックスで頭が一杯になっていた思春期の少年が描いたとする説だ。
 旧石器時代の末期(5万年前~1万年前),人類は現在の欧州とアジア,北米にわたる広大な草原地帯を転々と移動していた。この流浪の狩人たちがおびただしい数の洞窟壁画や工芸品を残した。人間の姿のほか,マンモスやヘラジカ,ヤギュウ,ウマなど当時の大型動物をかたどったものだ。当初,これらの作品は宗教やまじないに関する偶像で,おそらくは狩猟の成功や豊作の祈願など,シャーマンが行った儀式の一部だと考えられた。
 アラスカ大学フェアバンクス校名誉教授で純古生物学者のガスリー(R. Dale Guthrie)は,過去1万年にわたって人類が繰り返しの多い様式化された絵を描いてきたのは確かだが,「旧石器時代の絵はそうではない」という。「より描写的で,本物の動物が食べたり,交尾したり,鳴いたりほえたり,かみついたりしている様子を描いている」。自分自身が狩りをし,アマチュア画家でもあるガスリーは,洞窟画を描いた人間はまじない師というよりも自然史家のように思えるという。

 

手形から推定すると…

 ガスリーは古代の洞窟画家に強い興味を持ち,絵が描かれた洞窟の多くに残されている手形を調べた。指や手のひらの幅と長さを測定できる201個の手形をスペインとフランスの洞窟から採取。これらのデータを,地元フェアバンクスの学校にいる子どもや10代の若者,大人の合計700人から得た測定データと比較した。洞窟にいた古代人も現代のアラスカ住民もヨーロッパ起源で,高タンパク質の食事をしていたとみられるため,両者を比較しうるとガスリーは考えた。
 洞窟に残されていた手形は統計的には現代の10~16歳の子どもの手と一致するとガスリーは最近の自著『The Nature of Paleolithic Art(旧石器時代絵画の本質)』で報告している。ロンドン大学ロイヤルハロウェイ校の人類学者ギャンブル(Clive Gamble)は「洞窟に残る足形から子どもの存在は知られていたが,古人類学者はほとんど興味を示さず,無視されていた」という。
 ガスリーは手形の多くは男の子のもので,男女比は3対1から4対1と推測している。また,旧石器時代の多くの作品に描かれている主題を見ると,狩りや性への興味で頭が一杯になった思春期の少年が描いたものだと考えると納得がいくという。動物の絵には,胴体に何本か線が引かれ,口や腹から赤い顔料が流れ出ているものもある。ガスリーにいわせると,明らかに狩りの様子を見たままに描いたものだ。セクシーな女性の絵については,説明の必要もないだろう。
 洞窟画の多くはのびのびとして陽気であり,シャーマニズムをうかがわせる要素はないとガスリーはみる。洞窟の壁の形をそのまま絵柄に利用した作品があるほか,未熟な技法で描かれたものもあり,気取りのない現実的な作品であることを示しているという。
 だが宗教的な意図が認められる絵もある。独チュービンゲン大学のコナード(Nicholas J. Conard)は「たぶん一通りの解釈では説明できない」という。「問題にしているのは3万年も前の絵なのだから」。