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見え始めた宇宙の暗黒物質〜日経サイエンス2007年4月号より

目には決して見えない暗黒物質が宇宙にどのように広がっているのか?
すばる望遠鏡などの共同観測によって,3次元的な分布状況が初めてわかった

 

 宇宙の最大の謎のひとつ暗黒物質(ダークマター)。星や星間ガスと違って,電波も赤外線も可視光もX線も放出しないので,宇宙のどこにどれくらい存在するのかわからない。その正体は,陽子や中性子といった私たちになじみのある物質「バリオン」ではないことは確かなのだが,では何かというと,わからない。ただ,探査機WMAPの観測によれば,暗黒物質の総量は宇宙全体でバリオンの5倍以上あることは確実だ。そして,その膨大な質量によって生み出される重力が,銀河や銀河団の形成に大きな役割を果たしていると考えられている。
 文字通りの“宇宙の黒幕”だが,最近,世界を代表する天文台の連係プレーによって,見えなかったその姿が浮かび上がった。暗黒物質は宇宙にまんべんなく漂っているのではなく,銀河と同様,群れ集まって大きな塊を形成していた。いわば宇宙に浮かぶ巨大な“見えない雲”で,雲のスケールは小さなものでは差し渡し数千万光年,大きな雲になると数億光年から10億光年を超える。銀河や銀河団は,この暗黒物質の雲に埋まるような形で存在することも“見えて”きた。

 

見えないものを見る

 暗黒物質の雲を調べることで,「銀河の成り立ちがわかってくるとともに,その正体を突き止める有力な手がかりが得られるのではないか」と研究グループに加わる愛媛大学の谷口義明(たにぐち・よしあき)教授は期待している。
 では,どうやって暗黒物質をとらえたのか。それは「重力レンズ効果」だ。巨大な重力場が存在すると,光は直進せずに曲がる。重力がレンズのように光を曲げるのだ。1919年の日食のとき,太陽の縁近くに見える遠くの星を観測し,その位置のずれから一般相対性理論が検証されたが,これは太陽による一種の重力レンズ効果だ。銀河や銀河団も巨大重力源なので,背景にある銀河からの光が曲げられる。同じことは暗黒物質についてもいえる。暗黒物質が集まっている領域の近くを通る光は曲げられるので,やはり背景銀河の形が歪んだり,位置がずれて見える。
 天球上のある領域を高感度・高分解能の天体望遠鏡で観測すると膨大な数の銀河が撮影されるが,個々の銀河の形は,それらの銀河からの光が地球まで直進してきた場合と,途中にある暗黒物質の重力レンズ効果で曲げられた場合では違って見える。そこで,これまでの天文研究の成果をもとに,暗黒物質の重力レンズ効果による歪みがない場合の天球上の銀河の形状のばらつき具合を想定し,それと実際の観測画像を比較すれば,銀河と地球の間のどこにどれほどの暗黒物質が存在するかを求められる。それを実行したのが谷口教授も加わるCOSMOS計画だ。
 COSMOS計画には,軌道上の宇宙望遠鏡としては可視光観測のハッブル望遠鏡,赤外線観測のスピッツアー望遠鏡,X線観測のXMMニュートン望遠鏡などが参加,地上望遠鏡としては可視光観測のすばる望遠鏡,電波観測のVLAなどが加わる。今回,COSMOS計画の最初の本格的な成果として,ハッブル宇宙望遠鏡とすばる望遠鏡の連携による暗黒物質の3次元分布図が発表された。

 

約50万個の銀河を精密観測

 観測したのは,ろくぶんぎ座の方向,満月約9個分に相当する約1.4°角の天球領域。ハッブル望遠鏡が0.05秒角の分解能で約50万個の銀河の形状を精密に測定し,それぞれの銀河についてすばる望遠鏡がスペクトルを測定した。銀河は宇宙膨張の影響で,遠くのものほど後退速度が大きく,そのためスペクトルが全体として長波長側にずれる(赤方偏移)。この赤方偏移から各銀河の距離を求めた。
 この連携によって,奥行き80億光年,約3億光年四方の細長い柱状の空間内に存在する50万個の銀河の3次元的な位置と,それぞれの銀河の“見た目” の形がわかった。これを暗黒物質による重力レンズ効果がない場合に想定される銀河の画像と比較することで,暗黒物質が濃密に存在する領域が浮かび上がった。銀河は暗黒物質が濃密な領域のなかに存在していた。COSMOS計画のため,ハッブル望遠鏡は2年間の総観測時間の10%に相当する350時間を,すばる望遠鏡はまる1カ月間の観測時間を割いた。 
 暗黒物質は1980年代,銀河の回転運動などからその存在が浮かび上がったが,広域分布がどうなっているのかはまったくわかっていなかった。しかし,銀河が集まった大規模構造などが形成されるには,暗黒物質の存在が不可欠とみられている。その正体はまだわかっていないが,主成分は理論的に予想され る超対称性粒子などの重い粒子だと考えられている。
 COSMOS計画では,すばる望遠鏡によるさらに精密なスペクトル測定で銀河の距離の誤差を縮めると同時に,X線や赤外線などによる銀河の観測結果も合わせて総合的に分析する。これによって,暗黒物質と銀河の関係がより詳しくわかってくるとみられる。その正体とされる粒子についても,ある程度の物理的な制約をつけられる可能性がある。欧州合同原子核研究機構(CERN)で稼働する大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の実験研究とつながりができるかもしれない。

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