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暗黒物質は暗くない?〜日経サイエンス2007年6月号より

光を放射も吸収もしない謎の物質だが,奇妙な光の発生源になっている可能性がある

 

 宇宙の暗黒物質(ダークマター)は目には見えず,本質的に“真っ黒”なものだと考えられている。何かが星やガス雲に重力を及ぼして進路をそらしているのだが,それが何なのかを観測しようとしても,何も見つからない。したがって,光を放射も吸収もしない物質が存在しているはず──これが暗黒物質だ。
 実際,光に反応する通常の物質しかなかったなら,銀河は存在すらしなかったろう。初期宇宙は大量の放射に満ちた“光の海”だったが,通常物質はこの放射に突き動かされて凝集できなかったはずだ。
 だが,宇宙にはいまだに説明のつかない光源があり,暗黒物質がその原因である可能性が疑われてきた。この解釈には異論も多い。謎の光源を暗黒物質によって説明するには,光源ごとに暗黒物質粒子の特性が異ならなければならないのが最大の難点だ。
 ところが最近,2人の研究者が暗黒物質原因説の妥当性を高める考え方を提唱した。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの天文学者フィンクバイナー(Douglas Finkbeiner)は「この考え方なら1種類の新粒子ですべてを説明できる」という。

 

 

強力なガンマ線源,そして謎の陽電子

 暗黒物質が光を生み出す方法とは?まず考えられるのは,通常の物質・反物質の対消滅と同様,暗黒物質と暗黒反物質が接触して消滅することだ。この際にガンマ線が爆発的に生じるだろう。
 10年前,コンプトン・ガンマ線観測衛星は非常に明るいガンマ線源を発見した。通常の過程で生じうるガンマ線より2倍も強いが,暗黒物質と暗黒反物質が対消滅したとすれば説明はつく。この場合,暗黒物質粒子の重さは陽子の約100倍となる。
 もうひとつの手掛かりは1970年代初めにさかのぼる。宇宙で膨大な数の電子と陽電子が対消滅していることが観測された。陽電子の発生源は超新星から中性子星まで数多いが,これほど大量の陽電子はできない。また,これら陽電子発生源は銀河円盤に平面的に分布しているはずなのに,観測された放射(対消滅で生じた光)は楕円体の領域から出ていた。
 そこで2003年,あるチームが暗黒物質・暗黒反物質の対消滅によって陽電子ができたとする考えを提唱した。ただし厄介なのは,陽電子は軽いため,暗黒物質粒子も軽くなければならないことだ。暗黒物質粒子の質量は陽子の約1/1000になる。先のコンプトン衛星による結果と大きく食い違うほか,この程度の質量の粒子なら加速器実験などでとっくに発見できていたはずで,検出を免れてきたことのほうが不思議だ。

 

猛スピードで飛び交う暗黒物質粒子

 これに対しフィンクバイナーとニューヨーク大学の素粒子物理学者ワイナー(Neal Weiner)の考え方なら,1種類の重い粒子を用いて両方の観測結果を説明できる。重粒子が猛スピードで宇宙を飛び交っているとすると,運動エネルギーの一部が内部エネルギーに変換され,その後に電子と陽電子を放出する可能性があると,今年1月の米国天文学会で報告した。
 銀河内にある暗黒物質粒子の運動エネルギーは電子・陽電子の対を生み出すのに必要な量にちょうど一致している。このエネルギーを利用するには,粒子どうしが10-14m以内に接近したときに初めて生じる未知の力によって相互作用する必要があるが,こうしたニアミスは対消滅に必要な直接衝突に比べると1万倍以上も起こりやすい。この相対確率を考慮すると,コンプトン衛星の観測結果と電子・陽電子対消滅の観測結果の両方に説明がつくという。
 カリフォルニア大学アーバイン校の素粒子物理学者フェング(Jonathan Feng)は「これまでに提唱されてきた考えのうちでは,今回の提案が最も無理がない」という。
 新種の力を必要とする点は“場当たり的”に思えるものの,新種の粒子は一般に新しい力を伴うものだとフィンクバイナーらは主張する。彼らの仮説は天体物理学の別の謎を解き明かすかもしれない。例えば銀河間ガスの温度を保つ熱源となっている可能性がある。
 ともあれ,今秋に米航空宇宙局(NASA)が打ち上げるガンマ線観測衛星GLASTによって仮説を検証できるはずだ。暗黒物質の実体と作用が徐々に解明されるにつれ,暗黒粒子にはきちんとした名前がつけられるだろう。また,「暗黒物質」という名称も,実体が何もわかっていないことの裏返しにすぎないわけで,それ自体が暗闇に葬られるだろう。

 

暗黒の輝き
 蛍の光,窓の雪──ではなく,銀河の中心部では“暗黒物質の光”で読書ができるかもしれない。星が引き寄せた大量の暗黒物質粒子が対消滅することによって,星が核融合によって生み出しているよりも多くのエネルギーが生じうるという考え方が以前からあったが,スタンフォード大学のモスカレンコ(Igor Moskalenko)とスタンフォード線形加速器センターのワイ(Larry Wai)は昨年,このアイデアを再検討した。対消滅のエネルギーが星の外部に漏れ出すと,ガンマ線から可視光,さらに赤外線になっていくだろう。実際,異常に明るい星が銀河中心に見つかっている。
 ユタ大学の天文学者ゴンドーロ(Paolo Gondolo)は「興味深い提案だ」という。一方で懐疑的な専門家もいる。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の天文学者モリス(Mark Morris)は「そんな話を持ち出さずとも,銀河中心部の明るい星については説明がつく」という。

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