SCOPE & ADVANCE

個々の原子の種類を識別〜日経サイエンス2007年8月号より

大阪大学とスペインの共同研究チームが新手法を開発した
原子間力顕微鏡によって原子の化学的性質を見分ける

 

その物質が鉄なのか,レンガなのか,木なのか,プラスチックなのかを区別するのは簡単だ。だが,原子レベルではそうはいかない。私たちが日常目にしているような特徴は原子レベルでは見られないからだ。
ところが,日本とスペインの物理学者チームが原子間力顕微鏡(AFM)を使って原子を“識別”する方法を開発した。さまざまな種類の原子が並んでいる物体表面について,個々の原子の化学的な身元,つまりその原子がどの元素なのかを決定できる。
「個々の原子の種類を同定しつつ,その姿を観察できる技術は初めてだ」とマドリード自治大学のペレス(Rubén Peréz)はいう。大阪大学の森田清三(もりた・せいぞう)研究室にいるクスタンセ(Óscar Custance,客員准教授)らとペレスの共同研究チームは,化学的に似ているスズとケイ素,鉛の原子を原子間力顕微鏡によって見分けた。得られるのは点描画のような画像で,各点が個々の原子に相当,それぞれ疑似色がつけられて区別できるようになっている。

 

 

導電体でも絶縁体でもOK

原子を1個ずつ識別・操作する技術が最初に脚光を浴びたのは1989年,IBMが走査型トンネル顕微鏡(STM)を使ってキセノン原子を並べ,社名の「IBM」という文字を描いて見せたときだ。走査型トンネル顕微鏡は観察対象に針を近づけ,観察対象の原子と針の間に流れるわずかな電子流をもとに原子を検知する。ただし導電性物質の原子しか識別できない。
これに対し,原子間力顕微鏡による今回の方法は導電体にも絶縁体にも同じように使える。原子間力顕微鏡は柔軟な片持ち梁(カンチレバー)に付けた超微細な針を使う。レコードプレーヤーの針を精巧にしたようなものだ。この針で観察対象の表面をなぞると,表面上の原子の凹凸に沿って針が上下する。この振動は,針先のケイ素と表面上の原子に化学的な結合が生じて引き合うことから生じる。
日本とスペインの共同研究チームは,この振動数が原子の化学的特性に応じて変わることを示した。これに基づいて,「雑木林で木々の種類を見分けるように,さまざまな原子が混ざり合った状態でも個々の原子の種類を識別できるようになった」とペレスはいう。

 

AFMの可能性がぐっと拡大

大阪大学のクスタンセらのチームはこれに先立ち,ゲルマニウム基板の表面に強く結合しているスズ原子を原子間力顕微鏡によって動かし,スズの元素記号である「Sn」という文字の形に並べることに成功した。原子識別法と組み合わせれば,原子間力顕微鏡の可能性は大きく広がる。「化学反応の様子を原子レベルの分解能で見られるようになるかもしれない」とクスタンセはいう。さらに,マイクロエレクトロニクスがナノの領域へと微細化するにつれ(現在の微細トランジスタの大きさは毛髪の太さの1/2000だ),「数個の原子を既定のパターンに並べることによって,素子の性能を向上できるだろう」。

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