SCOPE & ADVANCE

フラーレン,変幻自在に〜日経サイエンス2007年9月号より

金属を閉じ込めたフラーレンの興味深い特性が明らかになってきた
センサーや分子スイッチなどに活用できるかもしれない

 

 フラーレンの中は真の真空。そこに何かを入れたらどうなるのだろう─筑波大学先端学際領域研究センターの赤阪健(あかさか・たけし)教授らの研究はこんな素朴な疑問から始まった。
 ダイヤモンドや黒鉛に次ぐ炭素同素体であるフラーレン。炭素原子60個からなるC60が最もよく知られる。スモーリー(Richard E. Smalley)らが1985年にC60を発見して以来,この炭素だけでできたかご(ケージ)の内側に原子を閉じ込める研究が盛んに行われてきた。赤阪教授のチームもそのひとつ。中に入れた金属原子の影響で全体の電子の状態が変わったり,磁性を持つようになったり,かごの外側に別の分子をくっつけることで中の金属原子の動きを制御できたりと,いろいろ興味深い現象が見つかっている。

 

閉じ込めた金属から電子が移動

 C60は20個の六員環と12個の五員環の各頂点に炭素原子が配置した中空の球状構造で,サッカーボールと同じ形をしている。ただし直径は0.7nm,サッカーボールの1億分の1の大きさだ。このほかC70,C80,C82,C96などのフラーレンが知られている。
 希ガスや窒素を閉じ込めたフラーレンでは内側の原子と炭素ケージは相互作用しないが,ランタン(La)やセリウム(Ce)などの金属原子を閉じ込めた場合には,金属原子から炭素ケージへ電子が移動して,まったく新しい特性を示すようになる。これらの金属原子が電子を与えやすい性質を持っているためだ。
 例えばC82にLa原子を1個閉じ込めた内包フラーレンLa@C82(@は内包していることを表す)。Laは電子3個を相手に与えてLa3+になりやすい性質がある。これをフラーレンの中に入れると,3個の電子がケージ側へ移動して全体の電子状態が変わる。この電子移動が特性に大きく影響する。
 Laの電子がフラーレンの空の電子軌道に移動し,特定の炭素原子に束縛されるのではなく,ケージ全体に広がる(これを非局在化という)。詳しくいうと各電子軌道には電子が2個ずつ入ることができるのだが,Laの電子3個がフラーレン側の電子軌道に移ると,うち1個は対になれない。こうした電子を不対電子と呼ぶ。不対電子が持つスピンは磁性のもととなるため,La@C82は常磁性を示す。
 また,他の物質からさらに電子を得たり(還元),電子を奪ったり(酸化)する反応をより起こしやすい。酸化還元によってLa@C82の電子数が変わると,不対電子がなくなって(すべての電子軌道に電子が2個ずつ入って)容易に磁性を失う。つまり,金属内包フラーレンは空のフラーレンに比べ酸化還元されやすく,磁性を持たせたり消したりできる。

 

色に表れる変化

 赤阪研究室の土屋敬広(つちや・たかひろ)講師は金属内包フラーレンをセンサーとして活用する研究を進めている。
 常磁性のLa@C82を含む溶液にTMPDという電子を与えやすい有機分子を加えると,TMPDからLa@C82へ電子が容易に移動することを発見した。さらに,この反応の平衡を右向きや左向きに偏らせるには,溶媒の誘電率や温度を変えればよいことがわかった。金属内包フラーレンのスピン(不対電子)を有機分子へ移したり,元に戻したりできるのだ。
 また,電子の移動前と移動後とで光の吸収スペクトルが大きく変化するため,溶液の色が変わる。つまり溶液の条件を変えることで電子の移動を制御できるだけでなく,色の変化からそれを確認できるわけだ。
 トルエンを溶媒にすると平衡は左向きに偏るため,スピンがフラーレン側にとどまる割合が増え,逆にニトロベンゼンではTMPDに移動する割合が増える。これは溶媒の誘電率の違いによるもので,溶液の色が黄色から緑色に変化する。また,温度が50℃のときは平衡は左向きに偏り,スピンがフラーレン側により多くとどまっているが,-30℃にするとTMPD側に移動する割合が増え,溶液の色はより深い緑に変化する。
 こうした色の変化を活用すればセンサーを作ることも可能だ。土屋講師は「今後は磁性の変化によって電流を切り替えるような材料へと展開していきたい」と語る。 

 

内包原子の運動を制御

 赤阪教授と分子科学研究所の永瀬茂(ながせ・しげる)教授らは金属内包フラーレンの外側を化学的に修飾することで,内側に閉じ込められた金属原子の動きを制御した。
 金属原子2個を閉じ込めたフラーレンでは金属原子から電子がフラーレン側に移動する結果,内包金属は陽イオンとして振る舞い,電子が均一に分布するケージ内を互いに反発し合いながら,くるくる自由回転している。
 もし,フラーレン内部の電子密度の分布を変えたらどうなるだろう?中の金属原子の運動の様子も変わってくるはずだ。ケージの電子分布を変えるにはケージの外側に何か化合物をつければよい。
 La原子2個を閉じ込めたLa2@C80にケイ素を含むジシリランという化合物をつけると,2個のLaは自由回転をやめ,フラーレンの赤道面で2次元運動することがわかった。また,アゾメチンイリドという化合物との反応によって得られた付加体では,2個のLa原子が静止した。化学修飾によってフラーレン内部の電子密度分布が変わり,それによって内包金属原子の運動を制御できることがわかったのだ。
 ケージに囲まれて外部からは触れることができない金属原子を“化学的な力”で制御したといえる。分子スイッチをはじめ,さまざまな機能性分子につながる可能性がある。
 金属内包フラーレンは空のフラーレンに比べて単離できる量が非常に少ないという問題を抱え,研究が難しいとされてきた。しかし,同研究室は最近,金属内包フラーレンの効率的な合成・精製法を開発した。さらに改良を加えて大量製造法を確立し,これまでの基礎研究を足がかりに応用研究を進めていきたいと赤阪教授は話す。

 

金属を閉じ込めるには
閉じ込めたい金属をフラーレンの原料となる炭素(グラファイト)と混ぜておき,アーク放電と呼ばれる方法で炭素と金属を一度に蒸発させる。できあがったすすの中に金属内包フラーレンと大量の空のフラーレンが含まれ,ここから金属内包フラーレンだけを抽出する。

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