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暗黒物質が示すはっきりしない謎〜日経サイエンス2008年1月号より

銀河団のなかの暗黒物質の分布に奇妙な傾向が見つかった
事実なら,重力の理論を考え直す必要が出てくるが……

 

目には決して見えない暗黒物質(ダークマター)が,なおも宇宙論研究者を困らせ続けている。遠方の銀河団内部の暗黒物質の分布を示す最近の観測結果を説明するには,自然界に第5の力が存在すると考えるか,ニュートン力学を書き換えなければならない。この厄介な観測結果が単なる間違いであってほしいと望む研究者が多いのも無理はない。

 

「弾丸銀河団」では予想通り

銀河団を構成する銀河そのものは,大型の光学望遠鏡で見える。また,銀河団内部の銀河間空間に漂っている希薄な高温ガスは,米航空宇宙局(NASA)のチャンドラX線天文衛星などでとらえられる。しかし,銀河団には3番目の目に見えない構成要素がある。これが謎の暗黒物質で,星や銀河を構成する普通の物質を引き寄せている。
暗黒物質の分布を調べる方法はただひとつ。暗黒物質の重力によって光の進行方向がわずかに曲がるので,その背後にある遠い銀河の形が変わって見える。この「弱い重力レンズ効果」から,暗黒物質の存在を割り出す方法だ。重力レンズ効果を検出する能力は過去10年で飛躍的に向上した。
2006年,「弾丸銀河団」を観測した結果から,暗黒物質存在の初の決定的証拠が得られ,研究者たちは大喜びした。この銀河団は,実は2つの銀河団がぶつかって合体しつつある天体だ。衝突中のガスは2つの銀河団の共通の重心に引っ張られており,かたや個々の銀河はあまり妨げられずに運動を続けている。そして重要なことに,弱い重力レンズ効果の観測によって,大量の暗黒物質が銀河と同じ領域に分布していることがわかった。つまり,ガスとは違う場所に分布している。これはまさに一般的な理論の予測通りで,暗黒物質どうしはほとんど相互作用しないこと,暗黒物質の密度が最も高い領域に銀河が生まれて存在し続けることを示している。

 

ところが「エイベル520」では…

だが最近,別の銀河団がこの祝勝ムードに水をぶっかけた。地球から24億光年離れたオリオン座の「エイベル520」。これも2つの銀河団が衝突中の天体だが,ビクトリア大学(カナダ)のマーダビ(Andisheh Mahdavi)とフークストラ(Henk Hoekstra)が率いた研究チームによると,エイベル520の暗黒物質は銀河と結びついてはいないようだ。
むしろ2つの銀河団の衝突中心,つまり銀河間ガスの大半が存在し,銀河は少ししか見られない領域に,大量の暗黒物質が集中していることが,重力レンズ効果の観測結果(ハワイ島のマウナケアにあるカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡が実施)から示された。
同チームがAstrophysical Journal誌2007年10月20日号で述べているように,こうした暗黒物質と銀河の分離は「現在の暗黒物質の考え方では簡単には説明できない」。
プリンストン大学の宇宙論研究者スパーゲル(David Spergel)は「驚くべき結果だ」という。「在来理論で考えるなら,暗黒物質の集合体には星や銀河の形成に寄与しないものもある,という解釈になるだろう。あるいは新理論を持ち込み,暗黒物質だけに働く未知の“第5の力”によって暗黒物質どうしが相互作用していると考えるかだ」。そうした引力の影響下なら,衝突中の2つの暗黒物質群は互いにそのまますり抜けることはできず,銀河団の高温ガスのように引っ張りあい,銀河団の共通の重心付近に集まることになる。

 

観測結果は確かなの?

フローニンゲン大学(オランダ)のサンダース(Robert Sanders)は,第3の解決策を提案する。修正ニュートン力学(MOND)だ。ワイツマン科学研究所(イスラエル)のミルグロム(Mordehai Milgrom)が1980年代初めに考案したMONDでは,これまで暗黒物質の作用とされてきた観測結果が,実は重力の振る舞いがニュートン力学とは少し違っているために生じたのだと考える。詳しくいうと,加速度の小さな領域(銀河外縁など)で働く重力は,距離に対して指数関数的ではなく線形的に弱まる。
MONDの考え方でもいくらかの暗黒物質が存在する必要があるが,それはニュートリノなど“普通”の粒子でもよく,未検出の謎の物質である必要はなくなる。サンダースはミルグロムとともに,今回の銀河団の観測結果をMONDに基づいて解釈した論文を執筆中。「観測結果が本当なら,MONDの素晴らしい成功例となる」。
そう,もし観測結果が本当なら。現在オハイオ大学にいるクロウ(Douglas Clowe)は懐疑的だ。彼は弾丸銀河団に関する2006年の論文の主執筆者。「私たちはエイベル520に関する(重力レンズ効果の)別のデータを持っているのだが,その解析結果はマーダビらの結果と一致しない」と,マーダビの結果の統計的有意性に疑問を呈する。スパーゲルも,「マーダビの結果は示唆に富むが決定的ではない」と同意する。
幸い,ハッブル宇宙望遠鏡によるエイベル520の観測が進行中だ。クロウがいうように,「心配し始めるのは,ハッブルで地上観測の結果が確認されてから」でよいだろう。

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