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デジタル世界も省エネに〜日経サイエンス2008年6月号より

コンピューター業界がエネルギー節約に本腰を入れ始めている

 

 

 在宅勤務やインターネットショッピング,オンライン会議などは人と人が直接に会うよりもエネルギーを節約できるだろうが,デジタル時代の進展につれ,その「エコ」な利点にかげりが出てきた。昨年,電子メールと数値演算,ウェブ検索に米国内で消費された電力は610億キロワット時,総消費電力の1.5%に当たり,その半分は石炭火力発電による。
 米国立ローレンスバークレー研究所のクーメイ(Jonathan Koomey)によると,2005年に全世界のコンピューターが消費したエネルギーは1230億キロワット時で,この勢いだと2010年までにその倍に達する。その結果,1台のコンピューターが耐用期間中に消費する電力の料金は当初の装置購入費を上回る。ネット企業とコンピューター企業は環境面だけでなくビジネス面からも,エネルギーコストの削減が必要になってきた。

 

「RE<C」目指すグーグル

 最もエネルギーを食うのはコンピューター自体ではなく,過熱を防ぐための空調設備だ。データセンターでは,計算に消費されるのと同量の電力がサーバーの冷却に必要となる。
 インターネットの巨大企業グーグルはこうした現実に直面し,カリフォルニア州マウンテンビューにある本社のピーク電力需要の30%をまかなえる太陽電池パネルを導入したほか,再生可能エネルギーの購入を増やしている。しかし,同社はウェブ検索結果を数秒で表示するために複数の建物に数十万台ものサーバーを維持しなければならない。同社で自然エネルギーを推進するワイル(Bill Weihl)は「サーバーのエネルギー効率を憂慮するのはよいことだ」という。「我々はデータセンターの効率最大化に積極的に取り組んでいる。我が社が全世界で消費するエネルギーの大半はデータセンターの消費分だ」。
 グーグルは自社の利益の一部を「RE<C」という新しい取り組みに注ぎ込む計画だ。太陽熱や高高度風力,地熱などの再生可能エネルギー源を,「数十年ではなく数年内に」石炭よりも安くするとワイルはいう〔ちなみに「RE<C」は再生可能エネルギー(RE)のコストを石炭(C)未満にするという意味〕。
 一方,業界全体も電力節約に知恵を絞ってきた。適正な動作電圧まで電気を変圧するのに必要な変電処理の段階数を減らす,サーバーや空調設備の配置を見直す,実物のコンピューターを組み合わせるのではなくソフトウエアによって「仮想的な複合コンピューター」を作り出す──などの工夫だ。
 この仮想化によって,コンピューターメーカーのヒューレット・パッカードは全世界に散在していた86のデータセンターをわずか3カ所(と予備にもう3カ所)に集約できたと,同社の社会・環境担当副社長ティアナン(Pat Tiernan)はいう。
 チップのレベルでも取り組みが進んでいる。これまではチップの処理能力が倍になるたびに消費電力も倍になってきたが,インテルやアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)などの半導体メーカーは省エネのため,「マルチコア」に移行した。複数のプロセッサーを1つのチップにまとめる技術だ。
 「動作周波数を単に高めてスピードを上げる従来路線と決別してクロックを下げたことで,かなりのエネルギーを節約できた」というのは,インテルの「エコテック・イニシアチブ」担当部長クライン(Allyson Klein)だ。また,各社は回路をナノスケールに微細化しており,「性能は同じでも消費電力が少なくてすむようになる」とクラインはいう。

 

新基準に挑戦,半減の取り組みも

 そうしたチップのおかげで,より多くのパソコンが「国際エネルギースタープログラム」の基準(デスクトップ機の消費電力を60ワット以下と規定)などを満たすようになるだろう。米航空宇宙局(NASA)や国防総省が先導する形で,米国政府はすべての調達品に電子製品環境評価ツール(EPEAT)基準を満たすよう条件づける方向だ。グーグルやインテルなどは,2010年までに全コンピューターの消費電力を50%削減することを目指し,「クライメート・セーバーズ・コンピューティング・イニシアチブ」を立ち上げた。
 OS(基本ソフト)に組み込まれているスリープモードなどの電力管理ツールは省エネに役立つ。しかし約90%のマシンはその設定が無効になっているという。適切に設定すれば,コンピューター1台あたり発電所の二酸化炭素排出を年間数千kg減らせるだろう。
 電源コードを抜くわけにいかないなら,起動中に無駄になっている計算資源を有効利用する最も環境に優しい道は,気候変動モデルづくりに貢献することだろう。英オックスフォード大学のClimatePrediction.netに接続すると,石炭燃焼の結末を予測するシミュレーション実験に参加できる。

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