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超電導に新たな「鉄の時代」〜日経サイエンス2008年7月号より

東京工業大学チームが発見した鉄系の新物質は
高温超電導の研究に新時代を開く

 

 過去20年以上,液体ヘリウム温度よりもずっと高温で機能するような超電導体は数十種類にすぎず,それも実質的にはすべて銅をベースにした物質だった。ところが最近,鉄を基本とする初の高温超電導体が見つかった。高温超電導がどのように生じるのかという科学最大級の謎を解く糸口になるだろう。
 超電導体では電流は完全に抵抗なしで流れる。この現象は絶対零度近くの低温だけで生じると何十年も考えられていた。低温によって物質を構成する原子の振動が弱まり,電子どうしが反発し合う本来の現象が抑えられる。この変化した振動(フォノンと呼ばれる)は電子がペアになって振る舞う原因になる。電子対は結晶格子中を自由に動けるようになる。
 しかし1986年,絶対零度よりもずっと高温で超電導になる新物質が見つかるようになった。なかには160K(-110℃)で超電導になるものもある。これらの高温超電導体は,酸化銅の層が他の物質に挟まれたサンドイッチ構造をしているものが典型的だ。この構造と高温での超電導出現は在来型の超電導を引き起こすメカニズムと相容れず,物理学者は新たな説明を模索することになった。

 

予想外の発見LaOFeAs

 ある偶然の発見が,超電導の考え方の拡張を迫っている。東京工業大学の材料科学者,細野秀雄(ほその・ひでお,フロンティア創造共同研究センター教授)らは,透明な酸化物半導体の特性向上を目指すなかで,初の鉄系高温超電導体を発見した。
 オキシプニクタイド化合物(化学式で書くとLaOFeAs)という結晶質の材料で,鉄とヒ素の層がランタンと酸素の層の間に挟まり,これらが積み重なっている。電子は鉄とヒ素の層を流れる。酸素の最高11%までをフッ素で置換すると性能が上がり,26Kで超電導になる(Journal of the American Chemical Society誌3月19日号に報告)。別のグループのその後の研究によると,LaOFeAsのランタンをセリウムやサマリウム,ネオジム,プラセオジムなど他の希土類元素に替えると,超電導になる臨界温度が52Kに高まるという。
 鉄を含む層構造の物質が高温超電導を示すという事実は,鉄の磁性が電子対生成を妨げるはずだと考えていた研究者にとって,まったくの驚きだった。おそらく,銅酸化物系の物質でも考えられているように,電子は「スピン揺らぎ」の助けを得て対になるのだろう。スピン揺らぎは超電導体を構成する原子の磁場に生じる乱れだ。「これらの鉄系超電導体は,銅酸化物超電導体を理解するうえでの新しいヒントになりそうだ」とラトガーズ大学の物理学者ホール(Kristjan Haule)はいう。

 

「スピン揺らぎ」と「軌道揺らぎ」

 一方,このスピン揺らぎは銅酸化物超電導体の電子を対に組み上げているとしても,鉄系の材料ではそれほどではない可能性がある。その代わり,「軌道揺らぎ」が重要なのかもしれないとホールはみる。軌道揺らぎは,原子の周りに存在する電子の位置の揺らぎだ。原子の周りを回る電子についていえば,銅系よりも鉄系の材料のほうが自由度が高い。
 軌道揺らぎは他の特殊な超電導体でも重要な役割を果たしている可能性があるとホールは推測する。例えばウランやコバルトをベースにした超電導体で,より絶対零度に近い低温で超電導になる物質だ。鉄系超電導体はこれらよりも臨界温度が高いので,そうした軌道揺らぎについて調べやすくなるだろう。

 

実用的にも魅力?

 今回の発見は超電導の基礎となる理論に新たな光を当てるほか,「予想外のところに未発見の高温超電導体があるのではないか,それらがもっと高い温度で超電導になるのではないか,という問いを投げかけるものだ」とカリフォルニア大学デービス校の理論物理学者で複雑系研究所(ICAM)の所長も務めるパインズ(David Pines)は指摘する。鉄系超電導体の臨界温度を上げようとする場合,構成要素を他の元素に交換するだけでなく,化合物を層構造にすることも大きなポイントとして実験すべきだ。銅系超電導体でそうだったように,これが特性向上に結びつくとホールは考えている。
 新物質は鉄をベースにした材料なので,実用的にも魅力が大きそうだ。銅酸化物系の材料はセラミックスと同様に極めてもろいため,送電線などへの応用が長らく実現しないままだ。しかし鉄系材料が銅系よりも扱いやすく製造・加工が容易なら,「非常に重要な材料になる」とホールは付け加える。

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