「ホワイトスペース」をめぐる戦い〜日経サイエンス2008年8月号より
未来の無線ネット接続が地デジ放送を妨害する?
一足先を行く米国の事情に注目
マイクロソフトやグーグルほか影響力の大きないくつかの技術企業は,超高速の無線インターネット接続法を見つけた。これに比べれば,現在のWi-Fi(ワイファイ)接続はまるでダイヤルアップのような遅さだ。
しかし,これに大手テレビ局は強く反発している。というのも,この超高速接続は米国で来年に予定されている地上波デジタル放送の信号を妨害する恐れがあるからだ。米連邦通信委員会(FCC)が昨年に行った試験では,無線機器の近くにあったテレビが地デジ番組を受信できなくなる例がいくつかあった。
空き帯域は巨大なチャンス
紛争のタネは,テレビチャンネルの間にある未使用の周波数帯域,いわゆる「ホワイトスペース」だ。放送信号が互いに干渉しないように設けられているのだが,米国で2009年2月17日に地上波テレビ放送がデジタルに完全移行すると,このホワイトスペースがさらに拡大する(デジタル信号はアナログに比べて少ない帯域幅ですむので,放送電波の空きが増える)。
技術企業はこれら干渉緩和周波数帯に巨大なチャンスを見て取っている。これらの周波数帯を利用すれば,コンピューターや携帯電話などの無線機器は毎秒数ギガビットのデータを転送可能になり(これに対しWi-Fiは数メガビット),メッシュネットワーク(無線機器が相互接続することで広がっていくネットワーク)や人里離れた地域でのブロードバンド接続,無線ホットスポット(無線LANによるネット接続が可能な場所)などを支える技術となる。
「Wi-Fi 2.0と呼びたくなるだろう」というのは,グーグルの通信・メディア担当顧問弁護士ホイット(Rick Whitt)だ。グーグルは3月,ライバルのマイクロソフトが提案しているようなホワイトスペース検出技術を支持する意見書をFCCに提出した。グーグルが無線技術に関心を持っているのは,同社の携帯電話向け無料OS「Android(アンドロイド)」とモバイル機器向けソフトウエアを普及させたいと考えているからだ。同社はこれらソフトを今秋までに一般に提供する意向。
信頼性を実証できず
だが,テレビ局側にしてみれば,デジタル化投資の揚げ句に携帯電話とネット通信に放送を妨害されてはたまらない。せっかくのデジタルテレビの信頼性が,室内アンテナ利用のアナログ機とたいして変わらなくなってしまう。だから,グーグルなどがホワイトスペースを利用するには,まずFCCの許可を得る必要がある。ホワイトスペースを効果的に特定でき,放送信号や公開周波数帯をすでに使っている機器(ワイヤレスマイクなど)を妨害しないことを証明しなくてはならない。
これまでに5つの企業・機関(アダプトラム,マイクロソフト,モトローラ,フィリップス・エレクトロニクス,シンガポールのインフォコム研究所)がFCCに試作機を提出した。いずれも「コグニティブ無線」という技術によって,他の信号を妨害せずに通信できる未使用周波数帯を特定しようとする。
しかし,認可を得たものはまだ1つもない。テレビとワイヤレスマイクの信号を検出できた試作機はあるものの,送信機能つきの試作機は十分な信頼性を実証できていない。マイクロソフトは去る3月下旬,ホワイトスペースを検出する同社の機器が試験中に「突然停止した」ことを明らかにした。詳細は不明だが,同社の広報担当者は「FCCは試験を続行不能になり,この装置の試験を中止する決定を下した」という。同社の装置が審査途中で脱落したのは,2カ月間でこれが2度目だ。
ホワイトスペースを自動的に検出し,他の利用者と干渉せずにそれらを一時的に利用できるような技術を最終的には開発できると各社は考えている。例えば北米フィリップス・リサーチの無線通信・ネットワーク部門でプロジェクトリーダーを務めるカラパリ(Kiran Challapali)は,フィリップスは信号検出のほかに干渉なしの送信も可能な新鋭機をFCCに間もなく提出する予定だという。
ホイットは,そうしたシステムが検査に合格すれば,グーグルはホワイトスペースを利用できる一般ユーザー向け無線機器を2009年の年末商戦までに投入することになるだろうという。
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