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科学界にも大きな影響アーサー・C・クラーク(1917~2008)〜日経サイエンス2008年6月号より

 パジャマの上にバスローブをはおり,ふくれあがった片足をオットマンに載せて……。私がSCIENTIFIC AMERICANの同僚編集者数人といっしょにクラーク(Arthur C. Clarke)に会ったとき,この崇敬されるSF作家はそんな格好だった。1999年10月,移住先のスリランカから滅多に出ないこの人が,医師の診断・治療を受けるためにニューヨークを訪れていたときのことだ。

 

 クラークは私たちを由緒あるチェルシー・ホテルの一室に招いた。1960年代半ばに彼が最高傑作『2001年宇宙の旅』を執筆した部屋だ。その部屋で彼は私たちを,室温核融合を真剣に取り上げていないとして厳しく叱った。当時すでに室温核融合の信奉者はわずかしか残っていなかったが,クラークはそうした少数の人たちの実験から革命的な発見がまだ生まれうると信じていた。未来技術の可能性に対する彼の楽観的姿勢は,かの有名な「クラークの三法則」に体現されている。三法則の1つは「十分に進歩した科学技術は魔法と見分けがつかない」と述べる。

 

 彼は1945年のWireless World誌に,半径4万2000kmの赤道軌道(高度約3万6000km)を周回する衛星は地上から見ると同じ場所にとどまり,そうした衛星が3つあれば電波信号を地球のどこにでも中継できると書いた。この考え方自体は以前からあったが,クラークはそれを一般に広く知らしめた(1945年といえば人工衛星以前の時代だ)。静止軌道に通信衛星が初めて打ち上げられたのは1964年のこと。

 

 ポリオ後症候群を患い,呼吸障害にも悩まされていたと伝えられる。3月18日に死去,90歳だった。フィクションおよびノンフィクションの著作が多数,多くの賞を受賞。彼の名を冠した小惑星と軌道(「クラーク軌道」,静止軌道のこと),恐竜種がそれぞれ1つ,賞がいくつかある。

 

 多くの科学者と宇宙飛行士,物書きたちが,彼に触発されて現在の仕事を選んだと述べている。彼の影響は,いうなれば「魔法と見分けがつかない」ものだった。

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