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古い溶岩のなかの生命〜日経サイエンス2008年10月号より

火成岩の内部に微化石を探す

 

 ドイツ中西部の山村,アードルフ。ブレーメン大学から南へ車で5時間,夜中の零時半にこの小さな村にたどり着いた2人の研究者は酒場に座り,近くにあるアルンシュタイン山という死火山の話で常連客と盛り上がっていた。客たちは地図を取り囲み,地質生物学者のペックマン(Joern Peckmann)とアイクマン(Benjamin Eickmann)がこの山を示して,森林で覆われたこの場所が4億年前のデボン紀には水の下だったと説明するのを熱心に聞いた。水没した地──それはここの住民にとって無縁ではない。1914年にエーダーゼー・ダムが完成したとき,すぐ近くのアーゼル村は湖底に沈んだ。
 ペックマンは学生たちとともに,デボン紀にできた海底玄武岩(固まった溶岩)から採取した化学化石を調べている。それは微生物の痕跡で,これまで知られていなかったニッチ(生息環境)を示すものだとペックマンはいう。「そのニッチは過去に存在し,現在もあり,地球誕生の昔から存在していた可能性がある」。そして,火星の玄武岩にも同様の痕跡が含まれているかもしれない。

 

玄武岩のなかの“保存カプセル”

 科学者は以前から岩石中に生命体の証拠を探してきたが,対象は玄武岩の表面や堆積層に限られていた。高温で形成される火成岩は生物にとって理想的な環境とは考えられていない。しかしペックマンは,そうとも限らないことを証明しようとしている。
 アルンシュタイン山では,かつて平らだった海底が隆起して垂直になり,何度も折りたたまれた。崖の表面に見られる岩石の露頭から,デボン紀の火山噴火で溶岩が海に流れ込んで「枕状玄武岩」ができたことがわかる。現在,ハワイのキラウエア火山近くの海岸で生まれているのと似たものだ。海水が溶岩の外側を急速に冷やし,黒曜石という黒いガラス質の殻ができた。
 ペックマンとアイクマンが高さ20mの崖の下で岩石の上を這うようにして探しているのが,まさにこの黒い外皮だ。ガスを豊富に含む溶岩が空気中で急冷してできる多孔質の軽石とは異なり,玄武岩は稠密で重い。ペックマンらは通常の地質調査用ピックではなく,大型ハンマーを携帯している。何回か強く打ちつけて,アイクマンは大きな岩石を割ることに成功した。
 なかは炭酸塩の小さな結晶でいっぱい。白ゴマがたくさん入ったドイツ黒パンの断面のようだ。黒曜石の外皮で覆われた枕状玄武岩の場合,内部は外部よりもゆっくりと冷え,気泡が閉じ込められる。気泡は後に海水で満たされ,この炭酸塩結晶ができた。アミグデュール(杏仁=きょうにん)と呼ばれる構造だ。「アミグデュールのなかほど,保存に適した場所はない」とペックマンはいう。

 

岩内に生きる微生物

 薄い切片を顕微鏡で調べると,アミグデュールの壁から管状や糸状のものが伸びて枝分かれしているのがわかる。これらが化学化石で,仮称クリプトエンドリスという岩内生の微生物が作り出した分子が地質年代を超えて残っているものだ。ペックマンの教え子のベーレンス(Katharina Behrens)は北大西洋のコルベインセイ海嶺で採取した新しい玄武岩について同様の痕跡を見つけつつある。デボン紀の岩石では,アミグデュール中の鉱物が熱水ではなく海水から析出・沈殿したことが化学分析によって判明した。熱水は微生物がすむには都合の悪い環境なので,これは微生物が玄武岩をすみ家として利用したことをうかがわせる。
 微生物がガラス質の外皮に穴を開けて入り込む例はすでに知られていたが,「玄武岩中の気泡や隙間に鉱物化した微生物の筋とみられるものを発見したのはペックマンらが初めてだ」と,ワシントン大学(シアトル)の宇宙生物学者ビュイック(Roger Buick)はいう。この研究は「微生物化石の新形態」を示し,より古い岩石に適用することで「地球の最初期における生命体の痕跡を探す新手段になりうる」。さらに,玄武岩は火星にも多く存在するので,「地球外生命体の化石探しに適用できる可能性もある」という。
 アルンシュタイン山の露頭には,枕状玄武岩をすみ家とする別の生物がいた。調査中に大きなフクロウが人の声に驚いて静かに飛び去った。ペックマンはそれが絶滅危惧種のウーフーであることに気づいた。「そろそろ引き揚げどきだ」。綿毛のような2羽の小さなひなが残され,母鳥の戻りを待っている。枕状玄武岩は現在も生態的ニッチを提供しているようだ。

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