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太陽にのみ込まれる運命〜日経サイエンス2008年11月号より

そう,巨星化した太陽に地球はいずれ…

 

 

 未来は明るい。明るすぎるかもしれない。太陽は徐々に膨張しながら明るさを増しつつあり,数十億年後には地球を干からびさせ,熱くて生物のすめない場所へと変えてしまうだろう。今から約76億年たつと,赤色巨星となった太陽は大きさが最大に達する。その表面は現在の地球の公転軌道を20%上回り,明るさは現在の3000倍になる。その後,太陽は縮み,ついには白色矮星になる。
 こうした太陽の行く末に関する科学者たちの意見は一致しているが,地球の運命については見方が分かれる。1924年に英国の数学者ジーンズ(James Jeans)が太陽が赤色巨星になったときの地球の運命を初めて検討して以来,多くの科学者がさまざまな見解を示してきた。地球が蒸発を回避するシナリオもあるが,最新の解析ではそうならない。

 

複雑なお話

 話は単純でない。太陽は地球の現在の軌道を超えて大きくなるが,しだいに質量を失うからだ。このため引力が弱まり,地球は外側にズレていく〔太陽の半径が最大の1.2天文単位(AU;1AUは太陽地球間の現在の距離で約1億5000万km)になったとき,質量は現在の2/3に減っている〕。こうして,地球は太陽にのみ込まれずにすむ可能性がある。
 しかし,別の要因が話をややこしくする。地球は太陽周辺の希薄なガスから抵抗を受けるので,しだいに内側に落ち込んでいく。地球は他の惑星からも比較的小さな力を受けているが,他の惑星も膨張・軽量化する太陽の影響を受けて位置を変えるので,これらが地球に及ぼす力を完全に説明するのは難しい。

 

地球の移動はわずか?

 今年になって2つのチームが,地球が最終的に太陽にのみ込まれることを示す別種の計算結果を報告した。  イタリア国立核物理学研究所のイオリオ(Lorenzo Iorio)の計算は摂動論に基づくもので,古典力学を学ぶ大学生なら興味津々だろう。影響の小さな因子を除外して解析を簡略化,太陽と地球の相互作用を記述する複雑な方程式を数学的に扱いやすくする。
 イオリオは太陽の年間の質量減少(現在は約100兆分の1)が赤色巨星期まで小さなまま変わらないと仮定し,地球の外側への移動が年間およそ3mm,つまり太陽が巨星期に達した時点でわずか0.0002AU外側にズレるだけだと計算した。その時点で太陽は膨張して半径1.2AUに達するため,地球は蒸発してしまう。
 Astrophysics and Space Science誌に提出されたイオリオの論文はまだ査読を受けていない。科学者のなかには,イオリオが仮定した質量減少率が太陽の進化過程で本当に小さいままとどまるのか,疑問を呈する人もいる。

 

“膨らみ”に引っ張られて…

 イオリオの示した数値が間違っていたとしても,結論そのものは正しいかもしれない。Monthly Notices of the Royal Astronomical Society誌5月号に掲載された解析のなかで,メキシコのグアナファト大学のシュレーダー(Klaus-Peter Schro¨der)と英サセックス大学のスミス(Robert Smith)もやはり地球が滅亡すると結論づけた。
 こちらはより厳密な太陽モデルを使い,潮汐力を考慮している。太陽が質量を失って膨張するにつれ,自転速度は遅くなるはずだ(角運動量の保存則による)。自転が遅くなると太陽の表面に潮汐力による膨らみが生じ,この膨らみが発揮する重力によって,地球は内側へ引っ張られる。このように考えると,現在の公転軌道半径が1.15AU未満の惑星はすべて,最終的に滅亡すると研究チームはみる。
 誰かが残っていたなら,地球を救えるだろうか? カリフォルニア大学サンタクルーズ校のコリキャンスキー(Don Korycansky)らは,大型の小惑星の軌道を調整して地球のそばを定期的に通過させることで,地球を移動させようという大胆なアイデアを提案している。どこか安全な場所,例えば火星の軌道まで地球を動かすには,10億年かかるかもしれない。しかし月は置き去りになるだろうし,ちょっとした計算ミスも破局を招く。いうまでもないが,さらに研究が必要だ。

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