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老化の原因に新仮説〜日経サイエンス2009年1月号より

細胞やDNAへのダメージではなく
ある種の遺伝子の働きが乱れるのが原因かもしれない

 

 

 地球上のあらゆる生物を悩ませ,誰もが防止薬を夢見る「老化」。しかし長年の研究にもかかわらず,老化の大部分は謎のままだ。最新の研究によると,それも当然らしい。老化の原因に関する従来の考え方は完全に的はずれだったかもしれないのだ。老化は遺伝子と細胞の損傷が蓄積した結果ではなく,成長に関する遺伝的なプログラムがおかしくなることによって起きている可能性が示された。

 

難しい因果関係の見極め

 過去半世紀,ストレスと活性酸素(代謝の副産物としてできるフリーラジカル)が老化を引き起こすという考え方が支配してきた。線虫での実験から,活性酸素種に触れる時間を減らすと寿命が延びることと,長寿の系統はストレスに対する抵抗力が強いこともわかっている。だが,酸化損傷と細胞機能の変化を明確に関連づけた研究はほとんどない。
 一方,加齢に伴い遺伝子の発現に変化が起こることも知られている。マウスは加齢につれ,細胞の成長と再生を制御するp16INK4aという遺伝子がほとんどの組織でより活発になり,傷や病気に対して細胞が再生するのを妨げるようになる。また,年老いたマウスの筋肉幹細胞は若いマウスに比べ,ある種のタンパク質複合体が蓄積しており,しだいに筋肉が繊維質の脂肪組織に変わっていく。
 しかし,これらは「老化は損傷蓄積の結果である」という考えの反証にはならない。遺伝子変化は老化の原因ではなく,結果にすぎないかもしれないからだ。
 「因果関係の見極めというものは常に難しい」というのは,ワシントン大学(シアトル)の生化学者ケネディー(Brian Kennedy)。いくつかの遺伝子発現の変化が生物の寿命に影響を与える可能性が示されているものの,それらの遺伝子が通常の老化過程に実際に関係しているかどうかは不明確だ。

 

3つの制御役遺伝子

 しかし,Cell誌に最近発表された論文は遺伝的なプログラムが確かに老化を進めることを示している。スタンフォード大学とコロラド大学ボールダー校の科学者は若い線虫で発現している遺伝子が年老いた線虫でも発現しているかどうかを調べた。1000個以上の遺伝子の発現に違いが見られたが,それらの大半はelt-3,elt-5,elt-6というわずか3つの遺伝子の制御下にあった。これら3つの遺伝子が作り出すタンパク質は転写因子で,他の遺伝子のオン・オフを切り替えるスイッチ役を果たしている。
 研究チームの一員であるスタンフォード大学の発生生物学者キム(Stuart Kim)は「さまざまな異常が見られたが,すべてこれら3つの転写因子に遡ることができた」という。3つの転写因子はM細胞という細胞の発達に関係していることが知られている。また,3つの転写因子の発現も,若い線虫と年老いた線虫とでは異なっていた。
 損傷の蓄積がこれらの転写因子に影響を与えたのだろうか。それを調べるため,研究チームは線虫に酸化ストレスや病原体,放射線を加える実験をしたが,いずれも転写因子の発現には影響しなかった。変化は外的な影響によって生じたのではなく,「線虫のゲノムに本来的に備わっていたようだ」とキムはみる。さらに,一般には加齢とともに活発になるelt-5とelt-6の発現を止めたところ,線虫の生存期間が50%延びた。「非常に驚いた」とキムはいう。
 この研究結果はカロリー摂取を抑えると寿命が延びるという従来からの知恵とも整合する。研究チームは3つの転写因子が「インスリン様シグナル伝達経路」の制御下にあることを発見した。生物が飢えに直面したときに代謝を調節しているのがこの経路だ。この経路はカロリー制限中にELT転写因子(他の生物の場合はその同等物)を“若い状態”にリセットするとキムは説明する。植物が含むレスベラトロールという化合物はいくつかの生物の寿命を延ばすが,この物質もカロリー制限に似た効果をもたらしてこれらの経路をリセットすると考えられている。

 

新しい仮説「発達的浮動」

 ただしキムは,これらの転写因子が老化を引き起こすようにプログラムされているわけではないと考えている。線虫の加齢につれて転写因子の機能が不安定になるのだとみる。
 進化はつまるところ個体の繁殖にプラスになる遺伝子を選択するのだが,繁殖適齢期を過ぎた生物にはこの自然選択の影響が及ばない。「自然が面倒を見なくなると,生物システム全体が逸脱し始める」とキムはいう。elt-3もelt-5もelt-6も,若い線虫の成長段階では重要な役割を果たしているのだろうが,仕事を終えた後には,その機能がおかしくなる可能性がある(変調をきたしても,自然選択で排除されることはない)。キムがいうこの「発達的浮動」が,老化を引き起こしている原因なのかもしれない。
 一方ケネディーは,今回の研究結果は線虫の老化が発達的浮動だけによると証明するものではないとみる。損傷の蓄積と発達的浮動の両方が働いている可能性があるし,他の遺伝回路が関係していることも考えうる。ただ,この論文のおかげで「老化をもたらしているものについて,以前とは別の可能性が示されたのは確かだ」と指摘する。「詳しく検証しうる新しい仮説がもたらされた」。
 一般人にとってこれらの発見はどんな意味を持つだろうか。老化が主に遺伝子の作用によるのなら,ひょっとすると予防できるようになるかもしれない。しかし,elt遺伝子に相当するヒトの遺伝子(GATA転写因子というタンパク質の遺伝子)も通常の老化に関係しているかどうかはまだわかっていない。
 キムらは次にこの問題に答えを出したいと考えている。「ヒトの成長にどんな経路が働いているかはすでにわかっている。だから,そのなかで高齢者ではあまり機能していないものを探し出しさえすればよい」。

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