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暗黒物質は近くにも存在?〜日経サイエンス2009年3月号より

地球を取り巻いているほか,ガス惑星を加熱しているかも

 

 この宇宙には通常の物質の5倍もの暗黒物質(ダークマター)が存在する。しかし暗黒物質は目に見えず,ほとんど常に通常物質を貫通するので,依然として謎のままだ。天文学者は暗黒物質が及ぼす重力に基づいて,ようやくその存在を発見した。回転する銀河がバラバラに飛散しないでいられるのは,暗黒物質の重力によると考えられるのが一例だ。
 しかし,遠くの銀河ではなく,もっと身近なところを調べて暗黒物質を研究できればそれが望ましいだろう。私たちの太陽系内部でも,暗黒物質が測定可能な効果を及ぼしている可能性がある。

 

地球と月の間に…

 具体的には地球と月に注目すべきだと,プリンストン高等研究所の理論物理学者アドラー(Stephen Adler)は主張する。地球と月を合わせて測定した結果から導かれる総質量が個別の質量の総和よりも大きい場合,その差は中間に存在する暗黒物質のハローによる可能性があるという。
 アドラーがこの結論に至ったのは,月周回衛星による月の質量測定結果と,LAGEOS測地衛星に基づく地球の質量測定の結果を調べたことによる。これらの衛星はレーザービームを反射する球体で,長年軌道上にある。レーザーを当てると,各衛星の軌道半径と周期がわかり,これらの測定結果から,各衛星が受けている引力と,さらにはその引力を及ぼしている質量を計算できる。
 アドラーは次に,地球と月の距離を測定した研究を調べた。アポロ計画で月面に設置した鏡にレーザーを反射させて測定した値だ。もし地球が約38万4000km離れた月に及ぼしている引力が約1万2300kmの距離にあるLAGEOS衛星に及ぼしている引力よりも相対的に異常に強いなら,その差はLAGEOS衛星と月の間にある暗黒物質ハローのせいかもしれない。
 最新のデータから,アドラーは最大24兆トンの暗黒物質が地球と月の間に存在すると推算し,Journal of Physics A誌10月17日号に報告した。また,パイオニアやガリレオ,カッシーニ,ロゼッタ,NEARの各探査機の軌道に見られる異常も,こうした暗黒物質ハローで説明がつくかもしれないという。

 

ガス惑星に衝突して加熱?

 さらにアドラーは,暗黒物質が太陽系にある4つのガス惑星,木星,土星,天王星,海王星に劇的な影響を及ぼしている可能性があるとみている。これら巨大惑星が引力によって暗黒物質をとらえたら,それらの暗黒物質粒子が惑星に激突するだろう。衝突はまれな出来事だが,巨大ガス惑星の温度を上げるには十分であり,これらの惑星(さらには地球も)の内部温度が既知のメカニズムだけでは説明できないほど高い原因に説明がつくだろう。また,天王星がなぜ異常に低温なのかを説明できる可能性もある。天王星は過去におそらく巨大規模の天体衝突を経験したため軌道面が異様に傾いており,この衝突によって暗黒物質の雲がほとんど吹き飛ばされて天王星の温度を上げられなくなったのだろうとアドラーは推測する。
 暗黒物質が惑星を加熱しているかもしれないというこの仮説は,暗黒物質の未知の特性を解くカギになりうるとポートランド大学の理論天体物理学者シーゲル(Ethan Siegel)はいう。暗黒物質が通常の物質とどれほどの頻度で衝突するのか,暗黒物質は銀河全体に均一に広がるのではなく恒星や惑星の周囲に集まるのか,といった点だ。
 例えば,一部の理論家が予測しているように暗黒物質の粒子自身が自分の反粒子である場合,暗黒物質粒子どうしが対消滅する際にエネルギーが放出されるので,単に通常の原子と衝突することによる加熱よりも惑星の温度上昇はずっと大きくなるだろう。とすると,暗黒物質が太陽系に大量に集積しているはずはない。もしそうなら,太陽系はずっと高温になる。

 

懐疑と期待

 カリフォルニア工科大学の天体物理学者ピーター(Annika Peter)は暗黒物質が惑星の温度を変えているという見方に懐疑的で,「あり得ないほど多くの暗黒物質が必要になってしまう」という。オハイオ州立大学の天文学者グールド(Andrew Gould)は太陽系に多量の暗黒物質が集積しているとは考えにくいという。太陽系に元々あった通常物質の多くが惑星との重力相互作用で一掃されたように,暗黒物質もほとんどが追い出されたはずだと主張する。それでもシーゲルは,太陽系が銀河を突き進むうちに新たに暗黒物質をかき集める可能性があると考える。
 いまのところ,太陽系内に暗黒物質があるかどうかは,他の場所における暗黒物質の存在と同様,謎に包まれている。「バン・アレン帯や土星の環のように,地球の周りに暗黒物質ハローがあるなら魅力的だ」とアドラーはいう。宇宙に一般的に存在するにもかかわらず極めて把握しにくい実体の謎解きが,ずっと容易になるかもしれないのだから。

 

パパラッチ物理学

 物理学者たちは暗黒物質に関する新データを渇望しているので,一部の研究者は何にでも飛びつく。2006年に打ち上げられたPAMERA衛星の最新結果から暗黒物質と通常物質との相互作用が明らかになったというウワサが2008年に広まった。しかし同ミッションの研究者たちは学会で数枚のスライドを映写しただけで,それ以上のデータを公表しなかった。
 でも,仏ジフ・シュール・イベットにある理論物理学研究所のチレッリ(Marco Cirelli)らにとっては,ちらりと表示された情報でも十分だった。彼らは8月20日にストックホルムで開かれたPAMERAの発表でこれらを写真撮影した(発表者の許可を得たとチレッリはいう)。
 チレッリらはそのスライドを引用したオンライン論文をこれまでに6本以上発表している。論文誌へのデータ公表を危うくする恐れがあるとして,これを“パパラッチ物理学”として非難する科学者がいる一方,データは公的研究資金のおかげで得られたのだからどんな形でも公表が望ましいとして擁護する者もいる。

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