酸性の海で〜日経サイエンス2009年4月号より
二酸化炭素による海水酸性化が予想以上のスピードで進んでいるようだ
大気中の二酸化炭素(CO2)が増えすぎると水が酸性化することは,温暖化に比べるとあまり知られていない。海はもともと自然にCO2を吸収しており,人間活動で大気に放出されるCO2の約1/3が吸収される。CO2が水に溶けると炭酸ができる。炭酸飲料に見られるのと同じ物質だ。最近の研究によると,気候変動モデルの予測を超える速さで海水酸性化が進んでいる可能性がある。
シカゴ大学の海洋生態学者ウートン(J. Timothy Wootton)らがワシントン州北西沖にあるタトゥーシュ島での海水の酸性度と塩分濃度,温度などの測定値を8年がかりで蓄積した結果,平均酸性度が気候モデルによる予測の10倍以上の速さで高まっていることがわかった。
酸性度が上がると海洋生物に大きな害をもたらす恐れがある。例えば貝やサンゴ礁の炭酸カルシウムが溶け出す(S. C. ドニー「海洋酸性化の脅威」日経サイエンス2006年6月号)。ウートンらは米国科学アカデミー紀要12月2日号に掲載された論文で,生態系のバランスが変化したことを報告した。イガイやフジツボなど大きな殻を持つ動物の個体数が減り,殻の小さな種や非石灰質藻類(カルシウムを基本とした骨格のない種)が増えてきたのだ。ウッズホール海洋研究所の海洋学者ドニー(Scott C. Doney,同調査には直接参加していない)は,「これは将来発生しそうな現象の前触れだ」という。
ウートンはこの変化が大気中CO2濃度の増加に関連していると指摘するが,酸性度アップの主因はCO2ではない可能性があるという。観測された酸性化は炭素が豊富な深海水が近くに湧き上がってきた結果かもしれず,その場合は今回の結果を海洋全体に当てはめるわけにはいかない。
だが米国の太平洋沿岸とオランダでは海水の酸性度が高まりつつあり,「今回のパターンと一致しているようだ」とウートンはいう。海洋生物が海水の変化に対する緩衝装置となっていられる時間はあまりなさそうだ。