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見えない“迂回路”を生む設計〜日経サイエンス2009年4月号より

道路を減らし信号機を除去すると都市交通がスムーズになる!?
矛盾に思えるこの戦略が有効なわけは…

 

 従来の交通工学では,道路を増やせば,車両数が増えない限り,混雑は緩和すると考えられてきた。だから,韓国ソウルが数年前に6車線の幹線道路を取り壊して全長8kmの公園に造り替えたところ交通の流れが悪化するどころか改善されたと知って,多くの専門家は驚いた。マサチューセッツ大学アマースト校でコンピューターネットワークと交通網を研究しているナガーニー(Anna Nagurney)は「誰もがひどく興奮した」と当時を振り返る。「ブライスのパラドックスの裏返しみたいなものだった」。
 「ブライスのパラドックス」は独ルール大学の数学者ブライス(Dietrich Braess)が提唱した考えで,ネットワーク中ですべての移動体が最も効率的なルートを合理的に探し求めている場合,ネットワークの容量を増やすと実際には全体的な効率が低下しうるというものだ。ソウルの例はこの裏返しにあたる。幹線道路を閉鎖してネットワークの容量を減らすことで,システムの効率を高めた。
 ブライスのパラドックスが示されたのは1960年代で,そのもとになったのは1920年代の経済理論だが,自動車指向の米国でこの考え方が影響力を持つことはなかった。しかし21世紀,経済と環境の問題を受けて,この考え方が見直されることになった。自動車向けの空間を制限することで,人々の移動効率が上がるかもしれない。直観に反するこのアプローチのカギは,すべての運転者が本来持っている利己主義を操作することにある。

 

無秩序の代価

 好例は昨年9月にPhysical Review Letters誌に発表された「輸送ネットワークにおける無秩序の代価」だ。これはサンタフェ研究所のコンピューター科学者ガストナー(Michael Gastner)らによる論文で,ドライバーたちが指定の目的地への最短ルートを探し求めると最終的に「ナッシュ均衡」に行き着くことを,仮想と現実の道路網を用いた実験によって示した。ナッシュ均衡はこの場合,どのドライバーも自分の戦略を一方的に変えるだけでは,それ以上によいルートを得られなくなることを意味する。問題は,運転者が利他的に行動した場合に到達する均衡に比べ,このナッシュ均衡が効率の悪いものになるということ。言い換えると,ドライバーがグループ全体の利益を考えて行動するほうが効率がよくなる。
 「無秩序の代価」は自分本位のドライバーたちによって引き起こされる非効率の指標だ。研究チームはハーバード・スクエアからボストン・コモン(いずれもボストン市内にある)への通勤を解析し,この代価が高くつくことを発見した。自分勝手なドライバーは「社会的に最適化された」状態に比べ,一般に30%余計に時間がかかる。
 解決策はブライスのパラドックスにかかっているとガストナーはいう。「自分本位の運転者は間違った作用を最適化するので,ネットワークの一部を取り除いたほうがよい結果になる場合がある」。なぜか。ひとつは,道路を封鎖することで,個々のドライバーが最良の(そして最も身勝手な)ルートを選択しにくくなるからだ。ボストンの例では,6カ所の道路封鎖によって,自分本位の運転で発生する遅れが少なくなることがわかった(運転者たちが利他的に行動すれば,道路封鎖による遅れは生じないだろう)。

 

共有道路

 別の種類の無秩序は,交通を実際にスピードアップする可能性もある。「シェアド・ストリート(共有道路)」という直観に反する交通設計だ。信号機や道路標識,車道と歩道の境を取り払うことで,運転者の“勝手”が利くようにする。シェアド・ストリートが一般的な北欧での研究から,安全性と交通の流れが高まることが示された。
 信号機や標識をなくすと,ドライバーは自分の行動により責任を持たざるをえなくなる。「運転者が不安に感じれば感じるほど,歩行者や他の運転者とアイ・コンタクトを取る必要が生じ,自然にスピードが落ちる」とアラバマ州モンゴメリーの都市計画技術者コンウェー(Chris Conway)は説明する。昨年4月,モンゴメリー市は信号が設置されていたある市街地交差点を玉石敷きのヨーロッパ式広場に変えて,自動車と自転車,歩行者が共有できるようにした。米国ではこうしたプロジェクトがわずかながら進みつつある。
 車の混乱を助長することは「無秩序の代価」に関する研究が示した考えと相反するように思えるが,どちらの戦略も万人にとってよい結果になることを優先し,個々のドライバーの役割は重く見ない。また,自転車や歩行が交通輸送で大きな役割を持ちうることも示している。オバマ政権が州間高速道路建設以来最大の公共事業を準備するなかで,道路の数を減らし皆で共有するとよい結果が得られるという考え方は,実に時宜を得たものだ。

 

 

駐車場を減らして
 サンフランシスコにある設計会社ネルソン・ニュガード・コンサルティング・アソシエーツのシーグマン(Patrick Siegman)は,駐車場の管理に新しい戦略を導入することでも都市交通の流れを改善できるとみる。1950年代の都市計画は,交通混雑を緩和しようとして見当違いの取り組みをした。開発者に対し,無料の駐車スペースを最低どれだけ準備しなければならないかを規定したのだ。この戦略は価格低下が需要増を招くという経済学の基本を「完全に無視したものだった」とシーグマンはいう。
 いまでは,限られた都市空間と地球温暖化の懸念から,この種の規定は排除されるようになっている。例えばサンフランシスコでは,開発者は駐車場を建物面積の最大7%に抑える必要がある。極めてわずかな面積だ。市街地の勤務者が増えたにもかかわらず,交通渋滞は減っているとシーグマンはいう。無料駐車場が少なくなったため自動車を運転する人々が習慣を変え,公共交通機関や自転車を使い,あるいは単に歩くようになったとみられる。

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