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群集の狂気を鎮める方法〜日経サイエンス2009年6月号より

過剰警備は逆効果らしい

 

 学術文献では「football crowd disorder(サッカー群集混乱)」と呼ばれている。フーリガン行為のことだ。国際試合では特にひどい乱闘になる場合がある。最悪だったのは1985年,ベルギーのヘイゼル競技場でのイングランドとイタリアのクラブ対抗戦で39人のファンが死亡した事件。多くの国は暴徒鎮圧用の装備に身を固めた多数の警官を投入して大試合に備える。しかし制服やヘルメット,警棒といった強硬姿勢が混乱をあおり立て,逆効果になる場合も多い。
 社会学者がもっとよい方法を発見したようだ。英リバプール大学のストット(Clifford Stott)らは欧州選手権「ユーロ2004」の決勝トーナメントで行った大規模実験に関する論文を昨年,Psychology, Public Policy, and Law誌に発表した。同トーナメントではポルトガルの治安当局が研究チームの提案に従い,目立たない非戦闘的な戦術を採用。ファン間際の警官に鎮圧用の装備を付けさせなかった。ストットは「私たちの仮説に基づく警備方式をヨーロッパの一国全土で実施したのは初めてだった」という。
 危険度の高い試合でファン100人に対し平均7人の警官を配備した。これに対しオランダとベルギーで行われた「ユーロ2000」ではファン2人に警官1人だったから,大幅に少ない。ユーロ2000では英国のサポーターから1000人近い逮捕者が出たが,ユーロ2004では観客15万人のうち逮捕された英国人ファンは1人だった(研究チームはフーリガン行為と特に結びつきが強いとされる英国人ファンに注目して調べた)。
 この不干渉方式はフル装備の警備軍団とは別の形でファンを鎮めたのだと,研究チームは考えている。力の誇示は群集の反感を買うようだ。特に,2001年にローマで行われた試合でイタリアの熱狂的なファンたちがマンチェスター・ユナイテッドのファンにペットボトルを投げつけるのを警官たちが傍観したように,警備側がどちらかに肩入れしているような姿勢を示したときには,反感が強まる。
 ストットらは現在,欧州連合が資金提供するプロジェクトに参加し,こうした警備手法を加盟各国で実施しようとしている。うまくいけば,ヨーロッパのファンたちはチーム敗北の痛みを感じても,催涙ガスの痛みを感じることはなくなるだろう。

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フーリガン