News Scan

エキゾチックな超球〜日経サイエンス2009年10月号

高次元球面に関する45年越しの問題が解決したようだ

 

 

 気楽に聞いてほしい。最近まで,数学的世界の奥深くには実に奇妙な254次元や510次元,1022次元の球面が存在するかもしれないとされていた。一般に次元数が2k-2の空間では,そうした奇妙な球面の存在に注意が必要だとされた。
 でも,もう心配はいらない。「これでみな夜はぐっすり眠れる」と,カリフォルニア大学リバーサイド校の数理物理学者バエズ(John Baez)は自身のブログのなかで冗談を飛ばした。「カヴェア不変量問題」として知られる45年越しの問題を,ハーバード大学のホプキンズ(Michael Hopkins)とバージニア大学のヒル(Michael Hill),およびロチェスター大学のラヴェネル(Douglas Ravenel)の3人の数学者が解決したという発表のことを指している。
 確認されれば,彼らの結果は「エキゾチック高次元球面(異種球面)の分類」という1960年代の輝かしい数学の仕事に最後の仕上げをすることになる。カヴェア問題は多次元空間を理解するうえでの大きな障害だったので,その解決はひも理論など物理学分野にも影響を及ぼすだろう。

 

n次元球面はいくつある?

 数学でいう高次元空間の次元とは,その空間内の1点を特定するのに必要な変数の数(座標の数)のことだ。例えば地球の表面にある1点を指定するには緯度と経度という2つの座標が必要だから,地表面は2次元空間の一種だ。
 標準的な2次元球面は,正式にいえば,3次元空間内のある1点から等距離にある点の集合のことだ。一般に,標準的なn次元球面はn+1次元空間にある中心点から等距離にある点の集合ということになる。球面は位相幾何学(トポロジー)における最も基本的な空間。位相幾何学は対象を変形(ただしつぶしたり引き裂いたりはしない)しても変わらない特性は何かを研究する数学で,宇宙の形を突き止めようとする宇宙論など,多くの研究に登場する。
 近年,数学者たちは「コンパクト」な3次元空間について,その分類を完成した(コンパクトとは有限で縁がないことで,例えば球面はコンパクトだが,無限の平面はコンパクトではない。G. P. コリンズ「ついに証明された? ポアンカレ予想」日経サイエンス2004年10月号参照)。
 つまり,コンパクトな3次元空間に関しては,考えうるすべてのものについて,その位相幾何学的構造が解明された。しかし,3次元を超えるものについては完全な分類は手に負えず,論理的にも不可能なことがわかった。ただ,少なくとも球面のような単純な空間に関しては分類が可能だと期待された。

 

エキゾチック球面は別世界

 1950年代,現在ストーニー・ブルック大学に所属するミルナー(John Milnor)がエキゾチック7次元球面を発見し,事情は複雑になった。エキゾチックn次元球面は位相幾何学の観点からは球面だが,微分学の観点からは標準的なn次元球面と同じではない。
 微分学は物理理論の定式化に使われている数学だから,標準的な球面とエキゾチック球面の違いは,粒子の運動や波の伝播を記述する方程式に影響してくる。つまり,ある空間における方程式の解を(あるいは物理法則の定式化そのものも),他の空間にそのまま当てはめることはできず,異常な「特異点」が生じてしまう。物理学的な意味で,標準的な球面とエキゾチック球面は異なるものであり,互いの物理法則が通用しない世界となる。
 1963年,ミルナーは共同研究者のカヴェア(Michel Kervaire)とともにエキゾチック7次元球面の数を計算し,27個の異なるものがあることを発見した。実際のところ2人は5次元以上についてエキゾチックn次元球面の数を計算した。しかし,この計算には曖昧さが残った。nが偶数の場合,2倍の違いがありうる(個数がx以上2x以下であることまでしか確定できない)。
 後になってプリンストン大学のブラウダー(William Browder)がこの曖昧さを取り除いたが,次元がn=2k-2(kは7以上)の場合,つまり126,254,510……は例外としてなお残った。言い換えると,これらの次元におけるエキゾチック球面の数は2倍の誤差でしか推測できない。これは以前にカヴェアが発明していた概念と関連があることから「カヴェア不変量」と呼ばれている。

 

ついに確定!?

 ホプキンズらはこの曖昧さを取り除く方法を発見したと考えている。彼らの証明は「ホモロジー群」という代数系の複雑な階層を含むものだが,いずれの次元についてもエキゾチック球面の数にミルナーらが残した2倍の違いは存在しないことを示した。ただ,126次元については彼らの証明戦略が通じない専門的理由があるので,定かではない(実はもうひとつ大きな例外がある。4次元の場合だ。1次元,2次元,3次元のエキゾチック球面は存在しないが,エキゾチック4次元球面が存在するかどうかは手がかりすらない)。
 証明の論文発表はまだだが,ホプキンズはピアレビューを経ていない現段階でも「証明の正しさに絶対の自信がある」という。スタンフォード大学の位相幾何学者カールソン(Gunnar Carlsson)はホプキンズから証明のほんの概略を聞いただけではあるが,「カヴェア不変量問題を解決するための材料は十分に備えている」とみる。

サイト内の関連記事を読む