葉緑素の量子パワー量子生物学〜日経サイエンス2009年11月号より
植物は光合成によって太陽光をエネルギーに変換している。いわば天然の太陽電池だ。最近,光合成が量子世界の奇妙な現象を利用していることが詳しくわかってきた。太陽光をとらえて活用するまったく新しい方法につながるかもしれない。
すべての光合成生物は光をとらえるタンパク質の“アンテナ”を細胞内に持っており,光をエネルギーに変え,そのエネルギーを反応中心に導いている。反応中心は一連の反応の引き金をひく重要な分子で,電子を放出して化学的な変換を促す。これらのアンテナには難しいバランスが求められる。つまり,可能な限り多くの太陽光を吸収するには十分な大きさが必要だが,あまり大きくなると反応中心にエネルギーをうまく送れなくなる。
ここで量子力学の出番だ。量子系は同時に多数の状態が混在した「重ね合わせ」になりうる。さらに,それらの状態は互いに干渉しうる。あるときには建設的に強め合い,別のときには打ち消し合う。アンテナに入ってきたエネルギーを精妙な重ね合わせ状態のそれぞれに分配し,それら自身が建設的に干渉するようにできれば,100%近い効率で反応中心に輸送できるだろう。
量子もつれ状態のエネルギー
まさにそうしたことを緑色光合成細菌のアンテナが行っていることを,カリフォルニア大学バークレー校の化学者サロバール(Mohan Sarovar)が突き止めた。さらに受け取ったエネルギーを近くのアンテナどうしで分け合っており,単なる混合状態ではなく,広範囲(ただし「量子力学的には」という意味で)に及ぶ「量子もつれ」の状態になっている。トロント大学の化学者ショールズ(Gregory Scholes)は近く発表予定の研究のなかで,海生藻類の一種が同様のワザを使っていることを示している。
興味深いことに,これらの系における曖昧な量子状態は,室温の複雑な生物系のなかに存在するにもかかわらず,寿命が比較的長い。量子物理学の実験では,外部からわずかな刺激が加わっただけで重ね合わせ状態が崩れてしまうのだが。
これらの研究は,量子の奇妙な振る舞いを生物が利用していることを示す初の証拠だ。微生物学と量子情報のこの接点をもっとよく理解すれば,現在の太陽光発電よりも効率のよい“バイオ量子太陽電池”ができるかもしれないという。