大量絶滅を生き延びたアンモナイト〜日経サイエンス2009年11月号より
恐竜と同時に滅びたのではないものもいた
ニュージャージー州フリーホールドの郊外。緩やかに流れる川の岸はとげだらけのいばらが覆っている。その川岸一帯に,豊かな化石が埋もれている。
恐竜が絶滅した時代の海洋生物の化石だが,異常なストーリーを物語る。6500万年前に恐竜とともに絶滅したのではなく,短期間ではあるがその後も生き続けていたのだ。この発見により,なぜKT(白亜紀・第三紀間)絶滅で死に絶えた生物と生き延びた生物がいたのか,その理由が見直されつつある。
ニューヨークから車で90分
このような化石サイトは珍しい。主要な化石発掘場所は酷暑のゴビ砂漠や風が吹きすさぶパタゴニアのパンパなど,都市開発による破壊が及ばない遠隔地が多い。「ニューヨークから車で90分の地で化石が発掘されるなどとは誰も思わないだろう」とアメリカ自然史博物館の無脊椎動物化石専門の学芸員ランドマン(Neil Landman)は説明する。
ここの化石は恐竜ではなくアンモナイト。イカやタコの仲間で,KT絶滅で滅びるまで3億年以上にわたって世界で繁栄した。恐竜時代を象徴する海洋生物だ。オウムガイによく似た殻をまとっており,この殻は短期間で数百種類ものさまざまな形に進化した。
ここでアンモナイトを発見したのはニュージャージー州のパークレンジャーを務めるアマチュア古生物研究家のジョンソン(Ralph Johnson)で,2003年のこと。橋の建設に伴い,業者が橋梁の基礎を築いた際に露出した。現場は科学者以外には秘密にされているものの,すでに化石泥棒がサメの歯の化石を探して近隣に出没している。この浅くて目立たない川に正式名称はないが,現地にたどり着くために多数のいばらのとげに耐えなければならないことにちなみ,ランドマンらはアゴニー・クリーク(苦悶の川)と名づけた。
KT絶滅当時,ここの水位は現在よりも約30m高かった。ランドマンは共同研究者や博物館の大学院生とともに,鉄分を多く含む海緑石を調べている。鉄製スパイクとハンマーを使って岩をはがし,ドライバーと指でそれをバラバラにする。魚の歯やウロコのほか,カニや巻き貝,二枚貝,ウニ,大型の平たいカキ,アンモナイトなど,何十種類もの海洋無脊椎生物を含む化石床を発見した。
複雑だった?絶滅のメカニズム
これまでの発掘で,差し渡しが約35cmに達するアンモナイトの殻が見つかっている。その周りを囲むハボウキガイという三角形の二枚貝は,どれも生きていたときと同じように上向きの格好のまま埋まっている。「おそらくポンペイの惨事のように,泥が一気に押し寄せてあっという間に死んでしまったのだろう」とランドマンはいう。これとKT絶滅が関係しているかどうかを見極めるため,希少金属のイリジウムが調べられた。世界中のKT境界線近くに見られ,天体衝突の証拠と考えられている金属だ。
だが予想に反して,イリジウムはハボウキガイの層よりも下にあった。つまり,ここのアンモナイトなどが死んだのはKT絶滅よりも「10年からおそらくは100年後だった」とランドマンは結論づけた。KT絶滅を生き延びていたとすると「私たちが教えられてきたこととまったく反する」という。ランドマンはアンモナイトがKT絶滅後まで生き延びていた別の証拠を探すため,デンマークの化石発掘サイトを調べる計画だ。
KT絶滅後の世界にこれらの生物が存在していたとすると,多くの疑問が生じる。「KT絶滅のような大量絶滅を何度も乗り越えた生物が,その後なぜ滅んでしまったのか」と問うのは南フロリダ大学の無脊椎動物古生物学者ハリス(Peter Harris)だ。「なぜオウムガイの祖先は生き延びたのに,アンモナイトは絶滅したのか? 非常に興味深い。大量絶滅は私たちが考えているよりもずっと複雑な事象なのだろう」。
発掘現場が都市に近いのは一長一短だ。「ゴビ砂漠なら,発掘現場が明日にはアスファルトで舗装されるかもしれないという心配は無用だ」とランドマン。「だが,もし都市開発工事がなかったら,この化石サイトを発見できたかどうか極めて疑わしい」。